再会
全方位から突然鳴り響いた巨大な鈴の音に、ダイアウルフは飛び上がって驚く。
犬科は嗅覚についで聴覚が優れている。人間よりも遥かに高音域の音を聴くことができるのだ。
そしてその耳に今まで聞いたこともないような甲高い爆音が襲い掛かったのだ。目の前の獲物が出したわけじゃない。
ダイアウルフはパニックになり、フラフラしつつも駆け足で逃げ出した。
リヨリは危機が去ったことを確認し、深く、深くため息をつく。
安心した途端、全身がガクガクと震えてきた。今回ばかりは本当に死んだかと思った。
ダイアウルフに集中していたため、音はそこまで大きくは聞こえなかった。
音が発生した方を振り向く。真後ろから聞こえたのは間違いない。
ダイアウルフが逃げて行った。今は魔物達の鳴き声も聞こえない。つまり、あの音には魔物が嫌がる何かがある。
リヨリは意を決し、音の鳴った方へ進むことにした。
――吉仲は耳を抑える。思いの外音量が大きすぎたのだ。
耳の奥がキンキンとなる、目の奥が熱い。視界がチカチカと明滅し、脳髄はシェイクされたようだ。立ってられず思わず膝をつく。
ダンジョン中に響き渡るほどの爆音を至近距離で浴びたのだ。鼓膜が破れても不思議ではない。
だが、幸いそこまでのダメージは無かったらしい。時間と共に治まってきた。
なんとか立ち上がったのと同じタイミングで、分岐路の一つから、恐る恐る人の顔が覗くのが見える。
「……あ!リヨリっ!」
「……よ、吉仲!?」
リヨリが吉仲の姿を確認し、一気に駆け寄る。リヨリに大きな怪我はなく、吉仲は一先ず安堵した。
「吉仲、ど、どうしてここに?」
「お前を助けに来たんだよ」
吉仲は深く息を吐く。
「とにかく、早く戻ろう。ここは危ない」
吉仲が来た道を見ると、イサが出てくるのが見えた。
「え?あれ?イサさん?なんで?二人で来たの?」
リヨリの言葉には返答せず、吉仲はイサに近づく。
イサの身体は切り傷だらけだが、いずれも深手では無さそうだ。もう一本ポーションを渡す、気休め程度だろうが、体力は回復するはずだ。
「カマキリは?」
イサがポーションを一気に飲み干し、一息つく。
「……さっきの音で一斉に逃げちまったよ。……いったいありゃなんだったんだ?」
「ああ、魔除けの鈴を暴走させたんだ」
吉仲が手に握りっぱなしだった魔除けの鈴をイサに見える。力を使い果たした鈴は、砂のように崩れ、吉仲の手から滑り落ちた。
「お前、そんなこともできたのかよ……」
呆れるイサに吉仲が苦笑した瞬間、怪鳥の鳴き声が空から響いた。
「わ!な、なに!?」
リヨリと吉仲が驚愕の表情でイサの後ろを見る。イサが振り向き、咄嗟に刃を抜き放った。
「ヒポグリフ……!?」
「違え!グリフォンだ!構えろ!」
黄金の鷲の頭と翼。鷲の脚が陸上用に進化した巨大な前肢と鉤爪。
後ろ半分は純白の獅子の身体。今にも飛びかかろうと力を溜めている。
その瞳は血走り、ギラギラと輝いている。
ヒポグリフに良く似た身体を持つが、異なる魔物。グリフォンだ。
姿形がヒポグリフと似ていても、その戦闘力は段違いだ。敏捷で強靭な肉体を持ち、狡猾な知能で魔法すら操る。
熟練のダンジョンクローラーですらグリフォンとは極力戦わないように進む。夜の魔物よりも厄介な、ボスクラスの魔物だからだ。
賢い魔物であるグリフォンもまた、人間に襲い掛かることは少ない。
矮小な人間と言えど、怒らせると群れをなし殺到してくる。面倒な争いになることを知っているためだ。縄張りでコソコソ隠れ動くくらいは見逃している。
そのグリフォンが、明確な殺気を持って三人の前に立ちはだかっていた。
吉仲が鳴らした鈴の音のせいだ。
魔除けの音は魔物達に畏怖を引き起こし、遠ざかろうとする。
だが、グリフォンにとってその音は、宣戦布告以外の何物でもない。それも、あんな大音量で。
彼は怒っていた。不快な音を鳴らした矮小な人間に。矮小な人間が鳴らした音に畏怖を覚えた自分自身に。
深層十二階、“深き叡智と暴虐なる野生の森”
この一帯は、グリフォンのテリトリーだ。