絶叫
リヨリは、ダイアウルフと対峙していた。
いくつかの広間を越えた所で、鉢合わせしたのだ。
リヨリと目線の高さがほとんど同じの、巨大な狼だ。口元は血に濡れている。
幸か不幸か一匹狼だ。群れで襲われる危険は無いが、普通の狼より凶暴なことが多い。
リヨリの全身から汗が噴き出す。だが、ここでパニックになれば確実に食べられる。なんとか逃げる方法を考えなければ。
ダイアウルフの目をしっかりと睨みつけたまま、それでももがくように辺りに気を配る。
逃げ出すための物は何か無いか。
片手にはナイフが握られているが、それで倒すことはまず不可能だろう。
幸いダイアウルフもリヨリを警戒し、すぐには飛び込んで来れないようだ。
だがそれも時間の問題だという切迫した緊張感が、リヨリをさいなむ。
汗が、滴り落ちた。
――同時刻、イサが長刀を握り直し、戸惑う吉仲に顎でしゃくって見せた。
「……先には、お前一人で行け」
広間の奥から、カマキリの大群が現れたのだ。
この部屋は吉仲が入ってきた道と、そこからまっすぐ繋がっている道から直角に、三本目の道が通っていた。
「俺はここで足止めする。リヨリの居場所は知ってるのか?……早く連れて戻ってこい」
吉仲は不思議とイサの考えが読み取れた。
イサと二人でリヨリを探しに行けば、カマキリの群れは彼らの後を追いかけるだろう。
魔物から逃げつつリヨリを探すのは至難の技だ。かといって、二人で戦って全滅させるのは、負けないにしても時間の浪費になる。
ここでイサが足止めして、吉仲が首尾良くリヨリを見つけられれば、はるかに脱出はたやすいだろう。
吉仲が頷いた。
「分かった、頼む!すぐにダンジョンクローラー達も来るはずだ!……そうだ、せめてこれを!」
吉仲が鞄からポーションを取り出しイサに渡す。イサがニヤリと笑った。
「……おう、ありがてぇ」
イサが狭い道に突っ込み、吉仲は振り向き駆け出す。
イサがポーションを飲み、瓶を割る音が聞こえる。カマキリに向けて投げつけたのかもしれない。
無数のカマキリ達の唸り声、脚音、鎌や羽がこすれる耳障りな音が、怒りと共に殺到するのが聞こえた。
吉仲は振り向かないように、前にだけ集中して走る。
いくつかの間を越えた時、リヨリを映したビジョンズの魔法生物が見えた。
この広間は分岐が多い。パッと見では数え切れないほどの道が繋がり、そのため監視対象となっているのだ。
だが、吉仲にとっては困惑するばかりだ。
「リヨリ!リヨリっ!」
大声で叫ぶが、反応は無い。時間的に、近くには行ってないはずだ。
一つ一つしらみ潰しに探して行くか?だが、ダンジョンの中が分からない状態だと、道に迷う可能性が高い。
一瞬、さっきのカマキリの群れを思い出す。だが、すぐに振り払うように頭を振った。
「……そうだ!」
ナーサの鞄の中を漁る。別の魔物除けの鈴を取り出した。
大声を上げても天井の反響が起きなかった。つまり、リヨリに届かせるためには、もっと大きな音量が必要なのだ。
おたまを突き立て、魔除けの鈴を暴走させる。
凛とした鈴の音が鳴る。だが、その音量は桁違いだ。爆音は金切り声にも聞こえた。
天井で大きく反響し、巨大な鐘を撞いたかのように音が響く。
一瞬、フロア中から魔物が狂乱の声が聞こえ、そしてすぐに静寂に戻った。