異彩の森
ポータルの光が解けて消え、吉仲は深層に降り立った。
広間は魔物がいないらしい、だが、左右に伸びる道からは魔力を持たない吉仲ですら嫌な、身も毛もよだつような気配に満ちている。
おどろおどろしい雰囲気に満ちた空間だった。
深層はそれまでのダンジョンと異なり、人工物のまるでない森のような姿だ。
だが、緑と茶色の普通の植物は一本も生えていない。
濃い紫の幹とピンクの葉を持つバオバブのような姿の木立。木と木の間隔は妙に狭く、左右に延びる獣道以外は進みようがない。
木の中には幹に深紅のツタが這い、血管のように見える物もある。
下生えの蛍光イエロー、蛍光ピンクの草花が燐光を放ち、それが照明となっているようだ。
地面は赤黒い土だが、黄色やピンクの照明効果で色とりどりにも見える。だが、美しいというより心をざわつかせる輝きだ。
下生えの様々な草花の中には剣のように鋭利な葉を持つ草、紫のトゲを持つツタも繁っている。
木があろうと無かろうと、この中に入るのは命取りになることは吉仲でもよく分かった。
天井は暗く沈んで、何も見えない。だが、時折聞こえる魔物の鳴き声の反響が天井の存在を感じさせた。
そして、反響が恐ろしい雰囲気にもつながっている。
村のダンジョンでも十分に恐ろしかったが、この異常な空気は吉仲に地獄へ舞い込んでしまったと錯覚させるほどだった。
気づかない内に死んだのかもしれないという感覚が背中をゾッとさせる。
だが、リヨリのことを考えるとそうも言っていられない。頭を強く振る、不安から逃れようとしても逃げることはできなかった。
諦めて鞄の中身を確認すると、魔除けの鈴を見つける。吉仲は少しだけ安心した。
発動させて鳴り響く涼やかな鈴の音は、さらに冷静にさせる。今なら行けそうだ。鈴を鞄にくくりつける。
おたまと杖を握りしめ、意を決し歩き始めた。ニーリに言われた通り、右手に進む。
左右に密生した木と危険な草地が広がる獣道は、思いの外怖くはなかった。
左右からの襲撃は考えにくく、前か後ろを警戒していれば良い。ただ、獣道で繋がる広い空間は、恐ろしく感じる。
杖とおたまを握る手にじっとりと汗がにじみ、百メートルも進まない内に息も絶え絶えだ。
魔除けの鈴は効いているはずだが、殺気に満ちた空気が吉仲の身体を射るようだった。だが、それも魔除けの鈴が効いているからだと、勇気を奮い立たせる。
いくつかの広間を越えた獣道で、戦闘の音が聞こえてくる。激しい息遣い、斬撃の音、魔物の唸り声。人間一人に対して、複数の魔物。
リヨリかと思い駆け出す吉仲は、すぐにその姿を認めた。
「……イサさん!」
「吉仲!?お前どうして!……ちっ!」
吉仲の姿を見て驚いたイサに、魔物の刃が迫る。人の大きさほどもある巨大なカマキリだ。
大剣にも似た巨大な鎌をなんとかかわし、イサが一歩退く。
イサの手には紫に輝く玉虫色の片刃の長刀が握られている。数体のカマキリの死骸が転がり、苦戦しつつも倒せているようだ。
「リヨリは!?」
「ああ!?リヨリも来てんのか!?」
イサの動揺を、残忍な捕食者は見逃さなかった。刃が目前に迫り、イサは目を瞑った。
だが、イサに刃が到達する前に、カマキリの鎌の動きが緩やかに静止する。吉仲がナーサの杖を使い、カマの動きを止めたのだ。
反発する力を放つ方向を変えれば、相手の動きを止められる。咄嗟の考えだったがうまく行った。
カマキリは突然現れた見えない壁に戸惑っているらしい。鎌を何度も振るうが、獲物に到達することはない。
「今だ!」
吉仲の声に合わせ、イサがカマキリを横なぎに切り裂く。イサからカマキリに向けた斥力場の効果で、刃は引っ張られるように加速した。
上下の胴体が切り分けられ、カマキリは地に崩れ落ちた。
温めたバターナイフでバターを切ったかのような手応えの無さに、イサが驚く。
「お前……それ……」
「説明は後だ!リヨリを探さないと!」
イサが、部屋の奥を眺めた。