ダンジョン監視室
吉仲はアリーナの裏手、ダンジョンの入り口に飛び込んだ。
「深層に入りたい!頼めるか!」
ダンジョンクローラー達は吉仲の姿を認めると、一様に怪訝な顔をする。突然入って来て何を言ってるんだという表情だ。
吉仲はそんなことを気にしていられない。予選の時の様子を思い出し、奥へ向かって進む。
「ちょ、ちょっとアンタ、いったいなんなんだよ!」
人懐こそうなハーフフォークの男が、吉仲を押しとどめる。
「リヨリがダンジョンの深層に入っている。早く助けに行かないと、危ないんだ。行かせてくれ」
冷静に話そうと努めるが、無理をしているのは明らかだった。
「……リヨリ……ああ!今朝の!何かあったのか?ちょっと待ってくれ、今確認するから!」
ハーフフォークが急いで廊下の中央にある扉に入る。吉仲も後ろに着いて飛び込んだ。
その部屋は、無数のビジョンズが壁一面に張り巡らされていた。ダンジョンの監視室だ。
白亜の浅層、遺跡のような中層、そしてビジョンズの数は少ないがあからさまに異様な空気を放ち存在感のある深層の風景が、常時モニタリングされている。
彼は、ここの監視者なのだ。
「……って、なんでアンタまで入ってくるんだよ!」
「いいから!リヨリはどこだ!?」
深層を写すビジョンズは吉仲にもすぐに分かった。食い入るように見つめ、リヨリを探す。
「良くないって!ここは部外者立ち入り禁止!」
「部外者?……ああもう!これで文句無いだろ!」
なおも吉仲に取り付くハーフフォークを押し除け、おたまと一緒に肌身離さず持っていた王宮の身分証明書を渡す。王とマルチェリテの言葉を咄嗟に思い出したのだ。
ハーフフォークは証明書をまじまじと見つめ、飛び上がって吉仲を見る。
この証明書を持つ者は上級の貴族か、他国の王族クラスに限られるのだ。
国家にとって最重要の賓客であることを示している。
「……嘘だろ?アンタ何者……」
「いた!ここだ!どうやって行ける!?」
リヨリの姿を認めた吉仲は、質問に耳も貸さず、彼の腕を力任せに引っ張る。
もはやハーフフォークは話そうとしても無駄なことを悟ったらしい。
「……ったく……えっと、そこは……三階層のポータルからが近……」
「リヨリ!?……そんな……」
ニーリが吉仲とハーフフォークの間から顔を出す。彼女にしては珍しく、取り乱していた。
「に、ニーリ?どうしてここに!」
ハーフフォークの言葉を目で制す。今はそれどころじゃない。
彼女は今朝の出来事がどうしても気になり、自分の仕事を済ませて様子を見にきたのだ。
「リヨリを知っているのか!?俺もここに行きたいんだ!」
「……あなた誰?ダンジョンクローラーじゃないでしょ?」
ニーリも怪訝な顔を向ける。ハーフフォークは仲間が現れ一瞬気が抜けた表情になるが、すぐに顔を引きしめ頷く。
「俺のことはいい!今はリヨリだろ!?俺はリヨリの仲間だ!」
吉仲の剣幕に押されたニーリは、吉仲の持つ杖とおたまをまじまじと見る。
「……素人、じゃ……なさそうだね。分かった、着いてきて!」
ニーリが吉仲の腕を引き、駆け出す。
「え?……あ!ちょっと!ニーリ!」
「緊急招集お願い!目標は深層十二階っ!」
去り際のニーリの叫びに、背中がビクンと跳ねる。彼女とは長い付き合いだが、今まで一度も聞いたことのない叫びだった。
ハーフフォークの監視者は、嵐に見舞われた気分だった。