曇り空
市場でのイベントから、吉仲の旗色は日増しに悪くなっていた。
予想通り、市場のイベントで正解したことより、最後に失敗したことの方が取り沙汰されているらしい。
万事に興味の無さそうな顔の、宿の店主にすら心配されるほどだった。
吉仲の留守中、かなりの数の人間が各々の正義感に駆られ詰めかけてくるという。
もっとも、その間吉仲達も手をこまねいていたわけではない。
ナーサ、マルチェリテと共に、いくつかの店で市場と同じパフォーマンスを試してみた。
中にはそれを見て吉仲の舌の正確さに納得した者もわずかにいたが、やはり噂を打ち消すほどの影響力は無かった。
そして、噂は副次的な効果ももたらしている。
噂を信じ、吉仲の野望を退けようとする者達の中でも意見が割れはじめたのだ。
吉仲が関わった全ての店や組織の全てをグルと断定し、徹底的な排斥を声高に主張する者。
吉仲本人は排斥しても、関わった店は騙された哀れな被害者として許そうとなだめる者。
過激な意見を受け冷静になったのか、まずは噂その物の信憑性をもう一度確かめようと呼びかける者。
そこに今やかなり少数となった噂を信じていない者達が混ざり、彼らは互いの考え方をそこここで感情的にぶつけあっていた。
まだ冷静な者や噂を信じていない者が、徹底排斥を主張する者達をなだめようとすればするほど、過激な意見を持つ者はかえって逆上し意固地になる。
また過激な意見の人間が増えると、穏健な者達も自分の立場の明確化を迫られる。
吉仲に味方するのか否か。吉仲以外を許すのか否か。噂を疑うのか否か。
そうなると大筋では同じ意見の些細な違いも、溝を深める絶対的な差異となっていくのだ。
すぐにでも実力を行使し、吉仲を取り除くべきという極端な主張も徐々に増えてきている。
今にも大雨が降り出しそうな暗雲が立ち込める都が、険悪な空気で満ち溢れていた。
「……リヨちゃん、留守にしてるみたいねぇ」
黒いフードを脱ぎつつ、ナーサが喫茶ノノイのスタッフオンリーの扉を開く。
吉仲は昨日の晩から、喫茶ノノイのバックヤードに隠れている。
宿に篭っているのは危険だが、街に出るのはもっと危険になっていた。
「そうか……心配だな……」
マルチェリテが吉仲と交友関係にあるのは周知の事実だったが、さすがの過激派もそのほとんどはマルチェリテの元での大騒ぎは憚られたらしい。
過激な主張をしていても、吉仲が取り除かれた後マルチェリテとの遺恨を残すのを嫌がる人間も多い。
中には怒りに駆られて構わず殴り込んでくる者もいたが、マルチェリテ自慢の人形達には敵わない。いつも実力で排除されるのは彼らの方だった。
結果的に、喫茶ノノイが吉仲にとっての聖域になったのだ。
「サリコルさんの話だと、準決勝まで留守にするって出かけたみたいねぇ。サリコルさんも心配してたわぁ」
マルチェリテがバックヤードの簡易的な狭いテーブルでお茶をいれ、ナーサはマルチェリテの隣、吉仲の対面の椅子に座る。
店にずっといるのは人々を刺激するかもしれないと、バックヤードに隠れているのだ。
もっとも暴れる人間こそ少なくても喫茶ノノイの客足はすっかり遠のいている。
人形達は待機場所に黙って立っている。
十二体の子供大の人形が、ピクリともせず直立不動の姿勢を取る姿はどこか不気味だった。
「吉仲さんみたいに、どこかに匿われたのかもしれませんね。イサさんかフェルさんでしょうか」
ナーサが頷く。イサも吉仲やリヨリ同様に疑惑を向けられてはいるが、吉仲やリヨリほどひどくはない。
マルチェリテと同様、人となりをよく知られているためだ。
もっとも、その分の怒りも吉仲に向かっているという側面もあるが。吉仲がイサを騙したという意見も多い。
吉仲が溜息をつく。
準決勝はもう明日に迫ったが、この空気で今まで通り出来るかはかなり怪しい。
ついに、雨が降り出したらしい。遠くで雨粒が街を叩く音が聞こえた。