すりかえ
吉仲は最後の問題となる料理が分からなかった。
鳥の肉であることは間違いない。だが、全神経を舌に集中し、頭をフル回転させてもその姿は真っ黒なままだった。
マルチェリテが間違えていたのか?そう思った瞬間、身体から冷や汗が噴き出るように感じた。
観客のざわめきが次第に大きくなっていく。訝しげな声が会場中を支配していく。
「……吉仲さん?」
カヌタヌの心配そうな声が聞こえた。吉仲は努めて、外から見た今の自分の様子を想像しないようにする。
そして、意を決した。
「この食材は……分からないな。……市場に売ってない食材じゃないのか?」
絞り出すような吉仲の声に、カヌタヌは小さく、そんな馬鹿な、と呟いた。
諦めた吉仲が目隠しを外す。汗を吸ってしっとり湿った目隠しを取ると、少しだけ心地良い。
カヌタヌは舞台袖のスタッフと話し込んでいる。
そして、目隠しを外したはずなのに、観客達のどよめきは大きく聞こえる。
何人かは愉快そうにニヤニヤと笑っていた。吉仲は再び自分が置かれた窮地を理解する。
「おーいどういうことだ美食王!全部分かるんじゃないのか!?」「もしかして、今までのは全部仕込みか!?」
ガラの悪い男達が声を張り上げ、ゲラゲラと笑う。吉仲は目を背けるようにカヌタヌを見た。
「これは……誰がこんな……」
呟いたカヌタヌが急いでステージ中央に戻り、大きく手を振った。
「申し訳ありません!手違いで、市場にない食材を出してしまいました!……こ、答えは、アックスビークとなりますが、カルレラダンジョンには生息しない魔物です!」
ざわめきが大きくなる。
吉仲は困惑した。食べたことのない食材が、分かるはずもない。
「吉仲さんには心よりお詫び申し上げます!全て我々スタッフの連携ミスとなります!ですが、手違いが生じた最後の問題以外は全問正解!これは非常に素晴らしいことでございます!」
カヌタヌがキョロキョロと見回し、すぐに言葉を継ぐ。
「……いえ!むしろ!市場に存在しない食材は当てないという、吉仲さんの心遣いでしょう!我々を慮った答えだったのかもしれませんね!」
カヌタヌは必死に盛り返そうとするが、観客達はなんの反応も示さない。
「……これにて、エキシビジョンを終了させていただきます!……吉仲さん、ご参加いただきありがとうございました!」
最後の力を振り絞るかのように声を張るカヌタヌに促され、吉仲はステージに降りる。
拍手は聞こえない。だが、ステージは進行しなければいけない。
カヌタヌは何事も無かったように振る舞うが、大汗をかいていた。
「……い、市場に無いって、どういうことだ?」
夢を見てるような気分で、吉仲は舞台袖にいるスタッフに尋ねた。スタッフはバツが悪そうに、隅に置かれたベンチを見る。
「いやー、美食王・吉仲さんなら問題なく答えられると思ったんですがねぇ」
白髪混じりの人の良さそうな中年が、ニコニコしながら近づいてくる。
「……お前は……カヌキ……」
「おっと、そんな睨まないでくださいよ、僕も頼まれただけなんですから。ちょおっと料理をすり替えただけじゃないですか、吉仲さんが答えられたら何も問題は無かったはずですよ?」
ニコニコとしたカヌキが吉仲の肩を叩き、耳に口を近づけた。
「……悪いな。アンタを貶めたい人がいてな、俺もアンタに借りがあるだろ?……でも、そうだな。俺の分はコレでチャラにしてやるよ」
人の良さそうなニコニコとした顔のままだ。だが、目は笑っていない。
「カヌキ!」
吉仲は頭に血が昇り、カヌキの身体を押す。熟練の料理人はびくともしなかった。
「おお怖い。美食王なんて大それた異名でも、年相応に若い所もあるんですねぇ」
カヌキは人の良さそう顔に戻り、満足そうに手を振って歩き去った。
スタッフ達は誰もカヌキがやったことを知らなかった。
全てカヌキが単独でやったことで、カヌタヌの反応でようやく察したらしい。スタッフの一人が詫びの言葉をかける。
ステージ上のカヌタヌを見る。イベントは進むも、すっかり白けているようだった。