味比べ
市場の中央広場に特設されたステージにカヌタヌが立つ。
観客は二百人に満たないだろう、だが、一種異様な熱気がある。
「お集まりの皆様、本日は王都中央市場・味祭りにようこそ!」
大声を張り上げたカヌタヌが、一歩隣に歩き、舞台袖の垂れ幕の陰に隠れた吉仲を手招きする。
「本日は皆様に、市場の一押しの食材をお当ていただきたいと思います!……また、特別ゲストとして巷で噂の美食王・吉仲さんにお越しいただきました!」
控えめな拍手と、不穏なざわめき。吉仲が出ることはイベントの直前から噂となって広がっていた。
舞台上から眺める分には、吉仲には歓迎されているようにも見えた。だが、それが本当かはわからない。吉仲は緊張する。
マルチェリテも誘ったが、舌にそこまでの自信は無いと断られた。
彼女はナーサと一緒に、リヨリが来ても良いよう会場の端で見ていることにしたのだ。
だが、マルチェリテは去り際、この市場にある物で吉仲が食べたことの無い食材は無いと請け負った。舞台に登る不安は、その一言で和らいだ。
「さあ、彼に当ててもらいたい食材がある方は、ここにいる者にお伝えください!……ただし、市場で売っている物でお願いしますよ?ミミックもミミクリーヴォもありませんからね?」
カヌタヌのギャグはあまり受けなかった。だがその言葉をきっかけに、何人かの人間がスタッフに近づき、お題を伝え始める。
吉仲は、促されるままに着席した。
お題の食材の準備ができるまでの間は、吉仲への質問タイムということらしい。
噂については決して触れず、あくまでも他愛も無い質問に答えてる内に、緊張も解れてくる。
村にいた頃にできた、隣国から来た旅人という設定を押し通すことにしたが、それが良かったらしい。素性に関しては怪しまれることは無さそうだった。
カヌタヌが満足そうに頷き、袖のスタッフと目配せする。
「それでは一品目が完成したようです!吉仲さんはこれを!」
カヌタヌに手渡された布で目隠しをする。目を塞がれたことで、ざわめきだけが大きく聞こえる。
「……よろしいですか?」
カヌタヌの言葉に頷くと、自分の前に皿が置かれた音がする。カヌタヌだろう、がっしりと力強い手が吉仲の手を取り、テーブルの上に導いた。
冷たく細長い金属に触れる。どうやらスプーンのようだった。
「それでは、召し上がり、当てていただきましょう!」
スプーンを握り、ゆっくりと持ち上げ、口に運ぶ。
先の見えないスプーンを口に運ぶのはどこか怖く、ゆっくりとした動きとなったが、どうやら無事に口の中へ入れられたらしい。
ほどよい温かさの食材が、舌の上に現れる。肉だ、鶏のささみのように、さっぱりとしている。だが、歯応えは強く、また味も深い。
「それでは、食材をお当てください!」
「……うん。ヒポグリフの肉だ。よく引き締まった腿肉の炙り焼きだな。脂は薄いけど、風味が深くて美味いんだ」
低い歓声が上がる。一品目は無事成功できたらしい。
カヌタヌが持ってきた水を飲み、ホッと一息つく。
一品目を皮切りに、吉仲の元に食材が運ばれて来た。
食人ツタ、コカトリス、ボーンフィッシュ、スライム、マイコニド、意表をついたただの鶏肉や豚肉や魚、コカトリスの卵、マンドラゴラ、その他様々な魔物達。
一般的に味がよく似た食材と思われる物も多かったが、吉仲は淀みなく答えていく。
声だけ聞いている限り、都の人間達も感心しているようだ。
市場に流通している魔物は全て食べたというマルチェリテに改めて心の中で感謝する。
「それでは、最後の問題です!全問正解を果たせるのでしょうか!?」
カヌタヌの言葉をきっかけに最後の問題を、口に入れる。
「これは……」
口に入れた瞬間、吉仲は困惑した。食べたことの無い食材だったのだ。