王都中央市場にて
王都中央市場。
都の中央付近の商会エリアと、外郭の住宅エリアの境界にある、王都有数の食品市場だ。
都に来た直後の美食巡りの時は何度となく訪れたが、料理大会が始まってから吉仲が来るのは初めてだった。
所狭しと積み上げられた肉と魚、野菜に魔物、香辛料やその他種々雑多な品物。
威勢よく声を張り上げる商人と、多くの買い物客を前に、吉仲は感慨深い印象を覚えた。
見るもの全てが新しかったあの頃に、何か懐かしさを覚えたのだ。
あの平穏だった時に戻りたいとも思うが、そうもいかないことも分かる。
「……結局来ることになるんなら、リヨちゃんと来ても良かったんじゃないかしらぁ」
ぼやくナーサに吉仲は苦笑し、オリバーは首を振る。
「おいおい、勘弁してくれ。今吉仲とリヨリが一緒にいる場を見られたら火に油どころじゃ……なあ、リヨリも来ているのか?」
驚くオリバーに、ナーサは口元だけで笑みを浮かべる。
「冗談よぉ。でもリヨちゃんはいるわね、さっき来るって言ってたしぃ」
マルチェリテが頷く。オリバーはため息をついた。
「……まあ、それはしょうがないか。来てもらったのはだな……」
「やあ、オリバー!まさか本当にお前が噂の美食王と知り合いとはな!」
オリバーが話を切り出そうとしたまさにその時、恰幅の良い白髭の老人が歩いてきた。
老人は吉仲ににこやかに笑いかけ、右手を差し出す。
吉仲が面食らいつつ握手すると、老人は大笑いしながら腕を振り、左手で吉仲の左腕をパシパシと叩く。
握手は固く、力強い。かなり歓迎されているようだ。
「巷で噂の美食王が我々のイベントに協力してくれるとは、願ったり叶ったりだ!」
「い、イベント?」
戸惑う吉仲がオリバーを見ると、老人もまたオリバーの方を向く。なんだ、聞いてないのか?と怪訝な顔を浮かべるが、手は握ったままだ。
「……今話す所だったんだよ。吉仲、君は悪い噂を消すために自分の実力を証明したい。そうだな?」
吉仲が頷く。
「こちらはこの市場の組合長、カヌタヌさんだ。昨日君が敗北を宣告したカヌキの父親でもある」
「……え?」
吉仲がカヌタヌを見る。たしかに人の良さそうな目元が似ていた。
カヌタヌはようやく手を離し、ため息と共に首を振る。
「オリバー、余計なことは言わなくて良い。不肖の息子が負けたのは、姑息な手段を使った罰だ。ワシはなんとも思っとらんよ、むしろ見破った君に感謝してるくらいだ」
カヌタヌは苦々しい表情を浮かべて吉仲の背中を叩く。オリバーは口元で不敵な笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「そうか、すまないな。カヌタヌさん達は市場を盛り上げるため、巷で話題の料理大会にあやかったイベントを今日開く予定なんだ」
カヌタヌが気を取り直して頷く。
「素人がどちらが美味いかの判断をした所で、ほとんど好き嫌いになってしまうからな。目隠しして食べた料理の食材を当てる大会さ。君が昨日、愚息の試合でやったようなことだ」
吉仲は昨日の試合より先に、晩餐会を思い出した。そして嫌な気分になる。
噂の主がミジェギゼラだとしたら、あの日が全ての始まりだったのだ。
「そのイベントに君がエキシビジョンとして参加する。なんならその場にいる人からお題を出されて良い、そして当てる。そうすれば、君の舌は証明されるんじゃないか?」
ただ、オリバーの提案自体は悪い物じゃなさそうだ。
ちょうど吉仲達がやろうとしていたことが、一番伝わりやすい形でできる。
ナーサもマルチェリテも感心しているようだ。吉仲が頷いた。
「……分かった、やるよ」