街歩き
プリプリと怒るリヨリが帰り、吉仲達も街に出る。
怒るリヨリはくだらない噂に付き合う必要はないと一蹴し、一緒に出掛けようと提案した。
次の試合で何が出てきても良いように、これから市場に食材を見に行く所だったのだ。
久しぶりにリヨリと会話したナーサも面白がってそれに乗ったが、吉仲とマルチェリテが全力で止める。
噂が広がり、野次まで起こるこの状況で、吉仲とリヨリが連れ立って歩くのはいくらなんでも無防備過ぎる。火に油を注ぎかねない。
そして、不承不承でリヨリは帰り、つまらなそうなナーサと、どこか不安げなマルチェリテを連れて店を出たのだ。
しかし、行くあては無い。昼には早く、吉仲の舌を披露できるような場所はナーサもマルチェリテも知らなかった。
当て所なく歩く三人の前に、一人の男が立った。
「やあヨシナカ、昨日は大変だったみたいだな。レディ達もご機嫌よう」
乱れた金の総髪、精悍な顔立ちに、立派な顎髭。ボロボロのマントに、ヨレヨレの服。
アンバランスな出立の浮浪者がにこやかに三人に笑いかけた。
「……オリバー」
吉仲は、返事に長過ぎるほどの間を置いた。もう、王宮は懲り懲りだった。
「あら王様ぁ。今日も吉ちゃんを連れて行く気ぃ?どうしてそんな格好しているのぉ?」
つまらなさそうにしていたナーサが、オモチャを見つけた子供のような顔になる。
最初からナーサはトライスの正体に気付いていた。もちろん、オリバーが国王に関係のある別人であることも。
「ハハハ、王様か。よく顎髭が似てるって言われるよ。街には王様ってあだ名で呼んで来る人もいるくらいさ」
だが、一流の影武者は快活に笑い飛ばす。
冷やかしが通じず、また口をへの字に曲げたナーサに微笑みつつ、オリバーは話を続ける。
「そう構えなくても良いさ、今日はあんな所まで君を連れ回す気はないからな。……そうだな、立ち話もなんだし、少し歩かないか?」
返事も聞かず歩き始めたオリバーの後を、三人は顔を見合わせて着いて行く。
悠々と歩いているが、オリバーは巧みに人気の無い道を進んでいるらしい。
裏通りや小道といった狭い道には入っていないのに、今までの道からは比べ物にならないほど人通りが少ない。
「……さて、歩きながら話そう。王宮じゃないが、ちょっと行ってほしい所があるんだ」
「え?」
オリバーが歩を緩め、三人に近寄る。
「昨日のリヨリの試合をあの方は憂慮なさっているのさ。昨日は王女殿下がなんとか場を収めたが、次やその次も同じように行くとは限らない。……かといって、根深い噂を断ち切るには正攻法じゃダメだ」
オリバーの言葉に、マルチェリテが頷く。ナーサも少し興味を惹かれたようだ。
吉仲は、ひたすら戸惑った。
「君も、噂なんかに配慮して勝者を選ぶのは嫌だろう」
「それは、まあ……」
リヨリよりも対戦相手の料理がうまければ、それは仕方がないことだ。
だが、あらぬ疑いを掛けられ結果をねじ曲げるのは、噂の主の思い通りになるようで癪だった。
「……噂を消せるのか?」
オリバーは両手をあげる。
「完全に消せるかは分からない。だが、この前みたいにやってみる価値はあるだろう。……実際、王宮には君に同情的な声も多いしな」
吉仲は四日前のことを思い出す。
オリバー扮する国王と宮廷を歩き、エントランスでアピールしたことは無駄ではなかったらしい。ナーサとマルチェリテを見る。
「良いんじゃない?どうせ行くアテもなかったしぃ」
「そうですね。私達も同じ目的でしたし、何か方法があるならそれも良いかと」
吉仲とオリバーが頷いた。
「……で、どこに行くんだ」
オリバーは微笑む。
「市場さ」
三人は、再び顔を見合わせた。