噂の話
翌朝。吉仲、ナーサとマルチェリテはおなじみの喫茶ノノイで朝食を食べていた。
食事の終わりを見計らい、給仕の服を着た木製の人形が、恭しくティーセットを運んでくる。
「吉ちゃんとリヨちゃんとイサさんが結託して、食通と料理人を支配し都を手中に収めるつもり、ねぇ……」
吉仲の話を聞き終えたナーサがおうむ返しをする。そして、笑いを堪えきれず吹き出した。
吉仲達をよく知るナーサにとっては、あまりに荒唐無稽な冗談にしか聞こえない。
「俺も最初は笑い話だと思ったけどな……」
「たしかに、昨日の野次は吉仲さんにだけ飛んでましたね」
紅茶を飲みつつ、マルチェリテが頷く。
吉仲はお手上げのポーズだ。美食王と呼ばれることには慣れてきたが、野次を受けてまで続ける気もしない。
「……まいったよ。どっちが上かを言っただけで、あそこまでブーイングくらうなんて」
「でも、フェルちゃんの相手のミミクリーヴォを見抜いた時は、野次は起きなかったじゃない。自分の味覚の正しさを証明すれば良いんじゃない?」
「……カヌキさんみたいに違う食材を使っていたのであれば、それで良いでしょうけどね。……リヨリさんとトーリアミサイヤ王女の料理は、どちらもミミックで拮抗していましたし」
マルチェリテの言葉に頷きつつも、吉仲はナーサの言うことも一理あると感じる。
食べられない観客に味は伝わらないし、料理の味なんて主観でしかない。
いくら良し悪しを語った所で、聴衆全員を納得させるのは難しいだろう。声高に噂を否定するのも、証明できないという点で同じことだ。
噂の主は人の心理を突いているなと、まるで人事のように感心した。
「うーん。じゃあ、そうねぇ。いろいろなお店を回って、吉ちゃんの舌を証明していけば良いんじゃない?食べ歩いていけば、きっと噂も消えるわよぉ」
ナーサがにっこりと微笑んだ。
「……特に行くアテは決まってないけど、暇だしどこかには行きたいって感じか?」
「ふふ。よく分かったわねぇ」
ナーサの笑いにつられ、マルチェリテがクスクスと笑う。吉仲も気が抜けた。
たしかに噂は怖いが、部屋に閉じこもっていても不安になるだけだろう。
外に出て食通気取りも良いかもしれない。王宮の時と同じように、全員が敵というわけでも無いだろう。
「そうだなぁ、行くか」
吉仲が立ち上がりかけた時、扉が開いた。
「おはよう……みんな、いる?」
おずおずと、リヨリが入ってきた。どこか、不安げな表情だ。
「リヨちゃん?」
店の奥にいた三人を認めたリヨリが、安堵のため息をついた。
「あ。よかった、いた。……ねえ昨日のアレ……私と王女の勝負の後の……なんだったの?」
ナーサとマルチェリテが、思わず吉仲を見る。吉仲は、頭をかいた。
「そういやそうだったな……あー、まあ、リヨリには勝負の邪魔になりそうだったから知らせたくなかったんだけどさ……」
二度目の説明だったからか、吉仲の話は手短にまとめられていた。
最後まで聞き終えたリヨリが、肩を落としうなだれた。手を握り締め、小刻みに震えている。
話の途中から、徐々に俯いていったのだ。傷ついたのかもしれない。
「……リヨリ?」
吉仲は、おそるおそるリヨリの顔を覗き込む。
「……つまり、イサさんが言ってた妙なことってそれ?……何それ!なんでそんな噂であんなこと言われないといけないの!?」
リヨリが憤慨した。リヨリの頭が当たりそうになった吉仲が思わず後ずさる。
「しかも料理勝負全然関係ないじゃん!馬鹿みたい!」
「……まあ、そうだよなぁ」
リヨリにとっては、ただ単に勝負に水を差されただけだったのだ。