擬態―ミミクリ―
――人間と互いに天敵同士のミミックだが、実は別にもう一種、天敵となる魔物がいる。
ミミック自身は動くことはなく、殻を開けた生物を引き込む。だが、触腕がターゲットとするのは体の大きな人類だ。
触腕は反射的に腕を伸ばしているに過ぎない。
人類より小さな生物には、まるで無防備とも言える。その間隙を突いて生活する唯一の魔物。
人類以外には開けにくい形状の蓋を軽々開ける太く大きな鋏と、対照的な小さな頭と体を持つ甲殻類。
“ミミックに隠れる者”
ミミクリーヴォと呼ばれているヤドカリ型の魔物だ。
ミミクリーヴォは人類以外の生物で唯一、ミミックの蓋を開けられる。
蓋を開け潜り込み、ミミックに寄生するのだ。
ミミックの中に入った後、腕や胃の肉を大きな鋏で断ち切り、少しずつ捕食し、やがてミミックの箱を巣に変え、食べ残しを餌にして繁殖する。
文字通りの懐に潜り込まれたミミックは、なす術を持たない。
まさしくミミックの完全な捕食者だ。
ミミクリーヴォが寄生し繁殖した箱を開けた運の悪い人間は、群がる無数のミミクリーヴォの子に食われ、最悪の場合はそのまま繁殖地にされることもある。
冒険者時代にはその様子から、ミミックの正体はヤドカリ型の魔物だと考えられていたこともあった。
一時期は実際にミミックと呼ばれていたほどだ。
箱の中の肉塊は巣であり、甲殻類の本体が動き回り、巣作りでまた箱ができる魔物と思われていた。
やがて、ミミックとは別の魔物であることが証明され、人類がミミックを半養殖しはじめた頃からミミクリーヴォは数を減らしている。
ミミックがミミクリーヴォに開けられるとなす術を持たないのと同様に、ミミクリーヴォもまた変化した人類の行動に対応できなかったのだ。
異常な熱心さを持って、毎日のようにミミックを開け餌を与える不思議な生物は、ミミクリーヴォを見つけ次第取り除いてしまう。
繁殖を終えた後は数の優位ができるが、一匹二匹だと簡単に取り除かれてしまうのだ。
かなりの深層まで攻略され、収穫班がミミックを養殖するカルレラ地下ダンジョンでもミミクリーヴォは滅多に見ないが、カヌキは裏のツテを辿って手に入れていた。
食材持ちこみは許可されている。ミミックに限りなく近い味のミミクリーヴォのソースが、彼の秘密兵器だったのだ。
「ミミックを捕食するミミクリーヴォは、味わいもまたミミックによく似ていると言いますね」
ガテイユがもう一度スープを飲む。吉仲が言った甲殻類の風味は、するような、しないような、微妙なラインだ。
「……なるほど、このダシの異常なまでの旨味はミミクリーヴォのミソを使っているのか……?」
同じ食材で作られた料理の試食が続くと、舌は疲労し味わいを感じにくくなっていく。
カヌキの料理の旨味はミミックのそれと似ていても、まったく違う種類であり、新鮮な旨味を感じさせたのだ。
ミミック料理に“擬態”する料理。それがカヌキの秘策だった。
リヨリの麺に近かったのも、ミミック料理であるとすり込むためだ。似ていれば、なんでも良かった。




