炙り刺し身とあんかけ焼きそば
司会の疑問に、フェルシェイルは微笑んだまま答えた。吉仲が腕を口に入れる。
「ん?……なんだ?あったかいぞ!」
表面に関して言えば、全ての刺身は生に見える。だが、腕だけはしっかりと熱が通り柔らかい。
人肌より少し熱いくらいの腕の肉は、滑らかな舌触りだった。
「あら、よく熱が通ってますね。まさか、蘇生直後の攻撃の時に熱を通したんですか?」
マルチェリテの言葉にフェルシェイルは頷いた。
「もっとも、あの時だけじゃないけどね」
蘇生時の反射的な攻撃はフェルシェイルの熱で阻まれた。その時に熱が通ったのもある。
それ以外に包丁で切るのと同時に、腕を切る時だけは熱を発して炙っていたのだ。しかし、火で焼いたわけではないため焼き目などは無い。
「な……馬鹿な……」
「生に見える炙り刺身だと……しかも、この味は……」
そして、大味なはずの腕は、熱が通ったことで風味が凝縮されていた。
ゆるやかな熱の効果で、身が縮まない程度に全体の水分が飛び、旨味はふくらみが増す。
広がりのあるふくよかな旨味は、口の中がギュッとするような強い旨味を持つ貝柱や胃の肉とも好対照だ。
強い旨味の繰り返しだと舌が慣れてしまうはずが、腕肉を挟むことでより多く味わいたくなる。
「ううん、刺身だけなのに飽きが来ない。すごい満足感があるな……」
吉仲の言葉に食通達が頷く。フェルシェイルが胸を張った。
「さすがフェルシェイル選手!炎の力による蘇生を行うことで、刺身をさらに高いレベルに昇華させた!」
対戦相手のカヌキは、余裕の笑みを崩さない。
二つの皿を、食通の前に並べ、どうぞ召し上がれと微笑んだ。
「これは……麺とスープなのか?」
ベレリが不思議そうに尋ねる。カヌキはにっこりと笑った。
「いいえ、麺にスープをかけて召し上がりください。かける際、飛び散ることもあるのでお気をつけて」
カヌキの言葉に食通達が従う。
慎重に皿に盛られた麺にスープをかける。
スープは、とろりと、ゆったりと滴り落ちた。
スープが麺に着地した瞬間、じゅう、と食欲を刺激する音と共に、えもいわれぬ香りが漂う。
「う〜ん、良い香り……♡」
スープの熱で麺の油の香りが活性化され、油の香ばしさとダシの甘い香りが混ざった芳香が飛んだのだ。
シイダがうっとりと香りを楽しむ。
「ほう、試食で時間が経ったのに、スープが熱々だな!……む、この旨味は……!」
ベレリはスープをまとう麺を食べ、驚愕する。
あんかけのスープはとろみのお陰で冷めにくい。
ミミックの腕の麺を温めて、ちょうど良い温度となっていた。
ガテイユも目を見張る。
「な、なんだこの味は!?」
「……す、すごい……」
「あんかけと焼いた麺、その二つの味でミミックの旨味を十全に引き出したあんかけ焼きそばとなります。……おっと」
誰もカヌキの解説を聞いてはいなかった。全員が、一心不乱に麺を食べている。
フェルシェイルが唇を噛んだ。
リヨリと近い料理を作った相手に、仮想リヨリ戦を意識せずにはいられなかった。
その差は、食通達のリアクションが物語っている。敗北してしまえば次の試合すらも叶わない。
食通達は、熱い麺をハフハフと食べ続ける。誰も彼もが無言だ。完全に、味のトリコになっている。
フェルシェイルには、不利になっていく実感があった。汗が頬を流れる。