ミミックの刺身
そこからのフェルシェイルの動きは、今までと対照的に素早かった。
作業台から包丁を取り上げ、死にかけのミミックの身体に突き立て、驚異的な速さで解体を始める。
解体と同時に食材を切り、皿に盛っていく。フェルシェイルの選択は、刺身だった。
見る見る内に五人分の刺身の盛り合わせが作られた。
思わず炎に見惚れていたカヌキもハッと気づき、自身の料理の仕上げを完成させていく。
「……時間です!調理時間終了です!」
フェルシェイルが包丁を置く。同時に、司会が終了の合図を叫んだ。
二人が、調理台から料理を持ってくる。
フェルシェイルは刺身の盛り合わせ、カヌキは焼かれたミミックが乗った皿と、スープの張られた二つだ。
「お先にどうぞ。リヨリの麺と似たような料理なんでしょ?」
「ふふ、お気遣い結構。むしろ君から試食してもらうと良い。せっかくの刺身が乾いては大変だ」
「……?」
不思議そうな顔をしつつ、フェルシェイルが従い、皿を並べる。
食通達は、その刺身のうまさに目を見張った。
「貝柱はプリプリ、薄肉はコリコリで、胃はモチモチ……最っ高ねぇ〜!」
「ミミックの刺身は締めてからの時間が命だからな。まさか、料理大会で食べれるとは思わなかったぞ」
貝類は傷みやすい。
生け簀で調理の直前まで生かしておける普通の貝と異なり、捕殺する必要があるミミックの生食は、専門店に特別な予約を入れておく必要がある。
当然、それなりに値も張る高級料理だ。シイダとベレリが満足そうに舌鼓を打つ。
「焼き物のフェルシェイルだと思っていたが、刺身の技術もこれほどとはな」
ガテイユも刺身に舌を巻いている。全てが最高の厚みと大きさだった。
「……しかも、不思議なことに普通の刺身よりも旨い」
ガテイユは努めて真面目な顔をしようとするが、どうしても口元が緩んでしまう。
「言われてみればたしかに……」
店で出されるミミックの刺身より、味わい深い。
刺身の技術その物はレベルは高いが、特別なことはしていなかったはずだった。食通達が不思議がる。
「蘇生は内臓料理だけじゃないわ。刺身として味わうにも、最高の魔法なの」
フェルシェイルは自信に満ちた表情だ。
どんな食材も死んだ後時間を置くことで、肉の成分が分解され旨味が増す。締めたての食材よりも、締めてからある程度立った食材の方が美味い。
一方、肉が分解されると、歯応えの低下にも繋がる。
分解されることで肉質は柔らかく、舌触りも滑らかにはなるが、貝特有のコリコリ、プリプリとした楽しい歯応えは失われていくのだ。
通常、貝は旨味より歯触りに重点を置かれ刺身を供される。
だが、蘇生魔法で蘇った肉体は、分解され出た旨味は残しつつ、傷は癒えないとはいえ肉体には生者の張りがみなぎる。
つまり、熟成された旨味と、締めたての食感を同時に味わえる、唯一無二の調理法なのだ。
「内臓といえば……これは心臓と生殖巣ですね!刺身で食べられるなんて!」
「ムッチリと吸い付くような弾力の心臓、生殖巣は滑らかで風味豊か、本物の貝みたいに潮の香りもするよ……なかなか食べられない味だな!」
食通達は口々に褒めそやし、刺身に舌鼓を打つ。
「ですが、腕は刺身には向かないのでは……?」
司会の言葉に、ガテイユが頷いた。
腕の太い繊維は火を通さなければ噛み切りにくく、味わいが大味で旨味が少ないからだ。
スープや油の旨味を吸わせてこそ味わいを発揮する。
「ふふん、ただの刺身じゃないわよ。食べれば分かるわ」