スープヌードル
トーマが振り返り、厨房を見た。
「さて、次はリヨリさんの番ですが……」
リヨリはいまだ黙々とスライムを桂剥きにし続けている。
「あー、じゃあその前に水を一杯もらえるかな?」
吉仲がトーマに言う。
トーマは頷き、調理台へ向かった。調理台の上の空いた器は一つだけで残りはチーズの山が盛られている。
一杯を作るのに時間が掛かりすぎている、最初に作ったのは冷めているに違いない、トーマは少し安心した。
吉仲に水を渡し、皿を片付ける。
その間に、リヨリがスライムを削り終え、少し茹でた後に、器に入れて仕上げをする。
「よーし、全員分終わり!今出すね!」
リヨリが声と共に器を老人達の前に並べる。
「私の料理はこれだよ!チーズ&クリーム仕立てのスライムスープヌードル!」
丼に満たされた白いスープ、その上には削られた白いチーズの山。上に掛かったドレッシングの赤と、刻みパセリのような緑が目に鮮やかだ。
ただ、老人達のリアクションはとても静かな物だった。
「……う、うむ」
「あれ?どうしたの?」
リヨリは怪訝な顔で一同を見回す。
「いや、トーマの料理で結構満腹なんじゃ……」
「そうだねぇ、すごく満足感があったし……」
「ええ!?食べられないの!?」
「スライム料理の満足感もありますが、何よりリヨリさんが料理を提供するまでに間があったのが原因ですね。食後の満腹感が食欲を減らしたのです。それに最初の一皿から最後の一皿まで時間が空きすぎでした。最初に作った方は冷めているでしょうね」
トーマは真面目な顔で解説した、この結果は料理人としては不本意だが、勝負なら仕方ない。いや、それも提供時間まで含めての料理勝負か。
「うーん、まあちょっと食べてみてよ。スープ一口でも良いからさ」
リヨリは頭をかきつつ、全員に試食を促す。
吉仲が最初の一皿にスプーンを入れチーズの山をかきわけスープを飲む。チーズの下の方はトロッと溶けてスープと共に伸びてきた。
吉仲は一口含む。
冷めているはずだ、クリーミィな料理が冷めて美味しいはずがない、トーマは思い込もうとしている自分に気付いた。
「あちっ……あれ?冷めてないぞ?」
吉仲は慌てて水を飲んだ。今度は慎重にチーズの山をかき分ける。溶けたチーズのさらに下から、湯気が立った。
「な、なぜ……?」
「ふっふっふ……うまくいったね。見ての通りチーズが蓋になって、熱を逃がさないんだよ。冷めるのはかなり時間が掛かるから、気をつけて食べてね」
リヨリは自慢げに笑った。
「それに、この味……」
吉仲は喉を鳴らす。今度はチーズの山に掛かった赤いドレッシングを混ぜて、スープをすする。
ミルク仕立てのスープの柔らかな甘み、チーズのコクに、酸味と塩味が混ざり食欲を刺激した。ケチャップに似ているが、もっと酸味が強い。
「う、うまいぞこれ!」
一口、もう一口とすするたび、不思議と満腹感が消えていた。もっとこの料理を味わいたい。老人達も吉仲の食べる姿を見て、ようやくスプーンを取った。
「自家製スイートチリソースだよ。チーズとミルクによく合うでしょ?」
老人達も、スープとチーズとスイートチリソースの組み合わせには感嘆し、次から次へと口に運ぶ。ミルク仕立てのスープ自体は軽く、さらに酸味が食欲を刺激するのだ。
「だが、肝心のスライムは……」トーマがつぶやく。信じられないという表情を隠せなかった。
「あ、そうだったな」
吉仲は箸で器の中を探る。スライムはすぐに見つかる。
「スライムは一本に繋がってるから、全部すすらずに噛んでね。薄いから嚙み切れると思うよ」
チーズがこぼれないように箸で持ち上げると、スライムは麺状になって姿を表した。糸のように細かったスライムは水を吸い、フェットチーネか、きしめんのように細長い板状になっていた。全員が驚愕の視線をスライムに注ぐ。
「こんな形のスライム初めてみるよ……」
吉仲が持ち上げたスライムを見て、チーメダが呟いた。吉仲は意を決してスライムをすすった。ある程度口に入れた所で、かじる。「ん!」ぶちん、と力強い弾力が歯応えとなり、吉仲の口中で弾けた。麺が歯や舌を打つ感覚が脳裏まで突き抜ける。
「う、うまい!弾けるようなコシがすごいな!」
「スライムが弾ける?そんな馬鹿な!」
老人達もスライムをすする。噛んだ時の歯応えに、全員が言葉を失った。その歯応えが食欲を呼び覚ましたのか、二口、三口と黙々と食べ始める。トーマは驚きのあまり呆然とスライム麺をすする吉仲と老人達を見つめる。
「食べてみる?チーズは無いけど……」
いつの間にか、リヨリが丼を持ちトーマの横に立っていた。トーマはリヨリから丼と箸を受け取り一口食べた。口の中でスライムが炸裂する。
「……こ……これは……」
「それだけじゃないな!歯応えで驚いたけど、スライムの味自体にもスープの味がよく染みてる!」
吉仲がスライム麺を味わい、叫んだ。




