動かないフェルシェイル
「フェルシェイル選手、動かない!どういうことだ!?」
司会が驚きの声を上げ、観客席がざわめく。
「フェルシェイル、どうしたんだ……?」
「おそらく何かの作戦かと……まさかフェルさんが勝負を投げるわけも無いでしょうし……」
ガテイユがフェルシェイルをしげしげと眺める。
「たしかに、炙り焼きは他の調理と比べて時間が掛かりませんからな。ギリギリまで動きだしを遅くする、という手はありそうです」
フェルシェイルは微動だにしない。
段取りを考えているようにも、瞑想しているようにも、諦めて時間が過ぎるのをただ待っているように見える。
司会は困惑しつつも、対面の作業台を見る。
「……そして、対するカヌキ選手のこの動きは……?」
司会が困惑の声をあげた。
カヌキは食べやすいサイズに切った貝柱でダシを取り、ミミックの触腕をほぐし、食べやすい長さに切っていた。
「こっちはこっちで、リヨリと同じ動きね……」
「まさか、まったく同じ料理を作り、同じアイディアだったとでも言うつもりか?」
イサの油の工夫がなされたアヒージョ、テツヤの微細な焼き加減が必要な貝焼きと違い、リヨリのラーメンは技術よりもアイディアが秀でた料理だ。
つまり、一度作り方が分かれば、真似するのは難しくない。
そして同じ物を考えていたと言い張れば、それが真似なのか、本人が思いついたアイディアかの立証は不可能だ。
「同じ料理の場合って、どうなるんだ?」
吉仲の言葉にベレリが首を振る。
「さあな。まったく同じであることを理由に評価を割り引いても良いかもしれんし、アイディアが同じだろうと、単純に優れた料理を選ぶのも良いかもしれん。……対戦相手次第だろうさ」
周りの声が聞こえたのか、フェルシェイルが姿勢を崩さず目だけを開ける。
対戦相手の動きをじっと見つめ。そして、ニヤリと笑った。
フェルシェイルの対戦相手、熟練料理人カヌキは香草や野菜と共に胃の肉と貝柱、蓋の薄肉を炒める。
炒めた食材はそのままに、リヨリと同じく麺状にした腕を貝柱で取ったダシ汁にくぐらせる。
さっと湯通しした後取り出し、よく水気を切りだした。
「麺にして、ゆでるんじゃないのか?」
「むぅ……あれは分かりませんな……」
フライパンに油をひき、強火にかける。
「おっと!カヌキ選手!ミミックの腕を炒めはじめた……?」
カヌキは周囲の反応を楽しむようにニコニコと、ミミックの腕を油と絡ませ、熱したフライパンに押しつけ始める。
じゅうじゅうと音を立て焼かれていく。わずかに残ったダシの香りが、油の香りと混ざり香ばしい。
からまった腕をひっくり返すと、美しい焼き目が付き、ミミックの腕が一つに固まっていた。
反対も焼き、同じ工程を人数分繰り返す。
「麺じゃなかったのか……」