罵声
「……俺は……俺も、リヨリに入れる」
吉仲は、あえぐように言った。しかし、一言発してしまえば自分の口と舌ではないかのように動く。
「……王女の料理の技術や調理法、旨味もすごかった。ただ、食べ進む内に、どこか単調に感じたんだ。一品の中での味の変化が薄かったためだと思う」
これは、元の料理がコース料理の一品だったことの副作用だ。一品一品を際立たせるため、一つの皿の中での変化は乏しい。
腕や薄肉、貝柱に胃の違いはあれど、無数に入れられた包丁、そして凍結によって食感の差は少なくなっている。
全体のまとまりを出すため、味つけも同じだ。
突いているのはシイダの指摘と同じ点だ。だが、吉仲のそれはトーリアミサイヤ王女ですら考えつかなかった、わずかな欠点だった。
初めて、王女の表情が曇った。自分の料理の欠点を理解したのだ。
「リヨリの料理は、麺とスープの一体感が高く、それでいて味わいと食感の差もしっかりとつけられていた。最後まで美味しく食べることができたんだ。そこが……勝敗の分かれ目だ」
あるいは、リヨリの料理も一品の中での差が少なければ、王女が勝っていたかもしれない。
リヨリのラーメンが具ごとの味わいや食感の違いを際立たせていたために、普段であれば気づかないような欠点にも目が行ったのだ。
吉仲の言葉に、王女が唇を噛み締める。司会が頷いた。
「第二回戦、勝者、リヨリ選……」
「ふざけるなー!」「贔屓をするんじゃねー!」「お前の野望は分かってるぞー!」
「え……」
司会が勝ち名乗りを上げようとしたその時、次々と野次が飛んだ。観客席がどよめく。
叫んでいるのは十人にも満たないだろう、だが、その叫びは燎原の火のように広がり、ブーイングが始まった。
噂を間に受けた観客の一部が、吉仲を口々に罵っているのだ。
それでも数は多くはない。困惑したかのようなざわめきの方が大きいくらいだ。
だが、罵声はよく響く。
「お、お静かに願います!」
司会が大声を張り上げる。しかし、効果はない。悪意の言葉は止まることがなかった。
吉仲への敵意を持たない人間たちは翻弄され、混乱を生んでいるようだ。
「王女様の料理の方がすごかっただろう!」「リヨリを勝たせるために審査員になったんじゃないのかー!?」
「え、いや、俺は……」
吉仲は面食らった。ただの噂だと思っていたが、ここまで広がっていたのかともどこか冷静に実感する。
困惑と混乱のざわめきが、吉仲を不安にさせた。
司会もリヨリも混乱しているようだ。
吉仲は落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回す、誰もこの場を収める術を持たないのか。
「……鎮まりなさい!勝負に、私の誓いに泥を塗る気ですか!?」
吊し上げの恐怖から逃げようと吉仲が立ち上がった時、司会からマイクを引ったくり、トーリアミサイヤ王女が凛とした声を張り上げた。
「料理勝負の結果に異論を挟むことはなし、これは対戦者だけの話ではありません!観客には観客のマナーという物があるでしょう!」
罵声とブーイングが止み、どよめきのみが残った。
擁護していたはずのトーリアミサイヤ王女に止められたら、誰も言葉を続けられない。
「吉仲殿のおっしゃることはもっともですわ。私の料理には欠点があった、私はそれを指摘され敗北を受け入れたのです。みっともなく騒ぐのはおやめなさい!」
王女がぴしゃりと叱ったことで、ざわめきが次第に収まる。王女は司会を見て、つまらなそうに頷いた。
「に、二回戦、勝者……リヨリ選手!」
熱狂は水を打ったように静まり、遠慮がちな拍手が勝者を祝福した。




