ホワイトアウト
魔法符の力の発動と共に、凍結のエネルギーが周囲に拡散する。審査員席、そして観客席に凍てつく風が吹き抜ける。
だがその風はアリーナに満ちる熱気を、興奮で火照る身体を急冷し、とても心地よい。
ドーム、そしてビジョンズが揺らぐ。
凍結魔法は前回使った二つの魔法符よりも魔力の消費量が大きく、一瞬、場の魔力切れを起こしたのだ。
送風が止まることで夏の空気がドームに流れ込み、温度差で水蒸気が立ち込めはじめた。
アリーナの中央は見る見る内にホワイトアウトし、何も見えない。
「うわ!なんだ!?」
<ちょっとちょっとぉ、中が何も見えないけどどうなってるのぉ?>
霧で視界が塞がれた吉仲は驚きの声を上げ、ナーサも呆れたような声を出す。
「そんなこと言われても、俺たちも何も見えないよ!」
「心配はいりません、魔法符の作用です。氷結魔法で急激に冷やされた空気と外の熱気が混ざり、霧が出たんですね」
マルチェリテは冷静だ。お陰で吉仲は落ち着きを取り戻した。マルチェリテ、その隣に座るガテイユまでは見えるが、近くに立つ司会の姿は見えない。
「こ、これは一体どういうことだ!?」
司会の声がアリーナに轟く。魔力が戻り、マイクが生き返ったらしい。
「魔力さえ戻れば、すぐ元通りになりますわ。危ないので、あまり動き回らない方がよろしいかと!」
王女の声が霧の奥から聞こえる。
その言葉をきっかけにしたかのように、見る見る内に霧は薄れていった。ドームが生き返り、換気の魔法陣がフル稼働したことで温度差が消えたのだ。
清涼な風と、適度な湿り気が後に残った。夏の雨上がりのように爽快な空気だ。
観客が沸き立つ。前回の魔法符は見ているだけだったが、今回は珍しい体験もできたのだ。
「びっくりしたなぁ……」
吉仲が呟くと、三人の食通が頷いた。マルチェリテだけは穏やかに微笑んでいる。
リヨリは変わらぬ様子で料理を続ける。
「素晴らしい集中力です。辺りのことなど一切気にせず、ただひたすら美食に傾注する……まさしく料理人の鑑ですわね」
トーリアミサイヤ王女がリヨリのことを褒める。
作業の手は完全に手は止まっていた。
王女の調理台は、ドライアイスでもあるかのように白い靄で包まれていた。
「王女様の作業は……あれ?」
司会が王女に近づくと、その風圧で靄が揺らぐ。
作業台にミミックは無い。
球体が五つ、金で縁取りされた優美な皿に乗っていた。光を反射する球体は、ミミックパールのようでとても美しい。
「私の料理は完成ですわ!それより、お時間はよろしくて?」
一方、リヨリの丼も同じく靄に包まれ中は見えない。リヨリが何かを載せているが、それすらも見えなかった。
司会が時計を確認する。
「あっ……じ、時間です!そこまで!」
時計は、調理終了時間を指していた。