二つのダンス
リヨリが箱からミミックの身を取り出す。
「さあリヨリ選手!ミミックの解体が完了した!一方トーリアミサイヤ王女は切り揃えた具材を湯通しする!」
リヨリにはトーリアミサイヤ王女と食通達のやりとりなど聞こえておらず、未来の料理についてなど微塵も考えていない。今美味いものを作ることだけが全てだ。
昨日教わった手順のお陰で、ミミックには傷一つない。ほっと息をつく。
まずは貝柱で出汁を沸かし、その間に腕を切り落とし繊維をほぐす。
一本一本の繊維は昨日触った通りハッキリと太く、リヨリは安堵した。これなら考えていた料理が作れそうだ。
腕をまな板の上でころがし、繊維を完全にほぐし終えた後、ダシを取っている寸胴に入れて共に煮る。そして、心臓と生殖巣、肛門を取り除き、胃を探り始めた。
「リヨリさん、腕をほぐしてどうするつもりなんでしょうか……?」
トーリアミサイヤ王女の話が終わったのを見計らい、マルチェリテが声を上げる。
「フライなどはそうやって作りますな。腕をほぐして食べやすくしてから揚げるのです」
「けど、フライにするにしては長くないか?揚げるなら貝柱のダシもいらないだろうし……」
ガテイユと吉仲がマルチェリテに続く。
リヨリが胃の中からミミックパールを取り出し、にっこりと微笑んだ。形はひしゃげているが、陽光を反射する輝きは美しい。
ミミックパールを作業台の片隅に置き、リヨリの動きが加速する。食材を取りに行き、すぐに戻る。
鍋から貝柱を取り出し、香草を切って入れる。薄膜を剥き胃を切り始め、下味を付ける。そして鍋の中の味を確認し、別の鍋に調味料と胃を入れ煮込む。
二日間しっかりと休んだことで、いつも以上に体が軽い。
闘志がリヨリを駆り立て、その動きは全員を瞠目させる。ハペリナにも匹敵する速さだ
「本気ということですわね、……ではこちらも本気で行きますわよ!」
王女の動きも加速したように見える。だが、スピードが速くなったわけではない。洗練された動きの、かすかに残った力みまでもが削ぎ落とされたのだ。
極限まで無駄の存在しない動きは、それだけで速い。鋭敏な動きで、湯通ししたミミックを次から次へと調味料につけていく。
二人の対照的な手並みが、まるでダンスのように美しい。
そして、本気と本気のぶつかり合いは、見る者を引き込んでいく。
ありとあらゆる手練を使い、料理の完成まで突き進んでいく。
リヨリは煮込んだ胃をスライスし、五つの器を出し胃を煮込んだ汁を注いだ。
「……さて、そろそろラストスパートといきましょう」
トーリアミサイヤ王女は動きを止め、一枚の魔法符を取り出す。
「またすりつぶすのか……?」
「いえ、あれは……」
マルチェリテの言葉と同時に、魔法符が発動した。
風のうねりと共に、吉仲は冷気が頬をなでるのを感じた。首筋に鳥肌が立つ。
同時に、厳冬のように凍てつく風が、トーリアミサイヤ王女に向かって集まりだした。
王女の周囲が、うっすらと青く沈むようにも見える。
「零下砕き……」
魔法符の青い光と共に、ミミックの肉片が瞬間的に凍結する。
氷点下の一撃がミミックを儚く砕いた。