味噌煮
最後のひとかけらを削り終え、リヨリは一息つく。
それに合わせて、吉仲と老人達も気が抜けたように息を吐いた。
トーマのみが緊張した面持ちを崩さない。
「吉仲、あと何分?」リヨリが器を取り出しながら聞く。
「え?あ!……ええと、あと二分!」
頷いて鍋を置き、すぐにチーズの塊とおろし金をを取り出した。
「よし、ちょうど良い。お爺ちゃん達ちょっと待ってて、吉仲の分だけ先に仕上げちゃうから」
トーマは料理を完成させて盛り付ける。柔らかな香りが店中に広がった。
リヨリはおたまで鍋から汁をすくう、スライムの姿は見えなかった。
そのまま器に盛立け、すぐにチーズを削って上にかけていく。腕の動きは素早く、見る見る器にチーズの山が現れる。
濃厚なチーズの香りとクリーミィなスープの香りが、トーマの料理の匂いを飲み込んだ。
「あと一分!」
チーズをすりおろす手を止め、手元に用意した瓶から赤い液体をひとかけする。さしずめ異世界のケチャップだろうか、酸っぱい香りが加わり、さらに芳醇な香りとなる。
最後に、緑色の粉をひとつまみ振りかける。
「それまで!!」
吉仲の声と同時に、リヨリは動きを止めた。緑の粉末がゆったりとチーズの山に、赤い川に着地した。
「ふう。じゃ試食だね……先に完成してたし、トーマが先で良いよ。私その間に爺ちゃん達の分作るからさ」
「……え、ええ」
前回までと真逆だなと吉仲は思った。イサにあった余裕が今のリヨリにはある。逆にトーマは、追い詰められていた。
「では、まず私の料理から試食をお願いします」
リヨリが再びスライムを削り始めた。
「おっと、このままじゃリヨリの動きに引き込まれてしまうわい」
「そうそう、その前にちゃんと食べなきゃだよ」
老人達が口々に言い、吉仲と共にカウンターから離れて、テーブル席へ座る。トーマは丁寧な動きで吉仲と老人達に料理を提供した。
「スライムの味噌煮です」
素朴な料理だった。春菊に似た緑の葉物野菜に、人参のようなオレンジの根菜。赤茶のスープに浮かぶ薄水色のスライム。席を離れたことで再び柔らかな香りが届いてくる。
「お、うまそうだ。こっちの世界にも味噌があるんだな」
「こっちの世界?」
思わず呟いた吉仲にチーメダが怪訝な目を向ける。
「あ、いや国。こっちの国。……いやあ美味そうだなぁ、いただきます!」
吉仲は慌ててごまかし、スープを一口飲む。香りと同様の、柔らかく落ち着いた風味が口いっぱいに広がる。穏やかな塩気がスライムの風味によくなじんでいた。
吉仲は日本で言う味噌、大豆を麹菌で発酵させた発酵調味料とは別物ではあると直観した。
ただ調理過程は似ていて、蒸した豆を別の素材で発酵させ作った物だろう。風味はよく似ている。
固めで歯ごたえのあるスライムの食感は餅に近く、昔に母方の祖母の家で食べた味噌仕立ての雑煮に近い。吉仲は郷愁に襲われた。
「うん、うまい。スライムのモチモチ感とこの味噌の風味が合うな」
「うむ優しい味じゃ。初めて食べたはずなのに、どこか懐かしい」
「なんだか落ち着くねぇ……」
老人達もしみじみと味わっている。トーマはその様子を見て満足そうに頷いた。
勝敗は別として、自分の料理を喜んでもらえるのが嬉しいらしい。
一同が至福のため息をつく。スライムがもたらす満腹感には、満足感があった。




