料理勝負…
「今いらっしゃいませって言ったの、君?」
少女は吉仲に尋ねる。後ろを向いたまま、器用に首をかしげてる。
オレンジの髪をポニーテールに結び、赤い三角巾をつけている。
地味な服に、三角巾と同じ色の赤いエプロン。
母親の料理を手伝っているような、家庭科の授業中のような出で立ちだった。
「……え?あ?ああ。……店と……勘違いしちゃって」
「見ねえ顔だな?それに妙な格好だ。まさか新しく店員を雇ったのか?」
「……行き倒れだよ、さっき店の前に倒れていたの」
少女はバツが悪そうに呟いた。
「何?行き倒れ?」「いきだおれ」
大男は吉仲を再び頭の先から足までじっくり眺め、吉仲はつい鸚鵡返しをした。
大男は思わず大笑いだす。
巨大な体躯の大男はまるで今から山登りにでも行くような、身体に劣らぬ大きなリュックを背負っている。
年季の入った茶色いレザーのジャケットの下は白いワイシャツのような服。
「自己紹介ありがとよ、行き倒れ。そりゃそうだ、店員を雇うほどこの店は忙しくねぇもんな」
隣室は飲食店のようだった。
オープンキッチンにカウンター席と、テーブルが三組。小さな店だった。
調理台に水道はあるが、張り付いたように乾く喉が水を求める。しかし必死に堪えて厨房を、店を見渡す。
電子レンジも冷蔵庫も無い。コンロもガスではなく薪で燃やすかまどだった。
時計はあるが、振り子で動いているらしい。大男はひとしきり笑った後、少女へ視線を戻した。
「話を戻すぜ?この店を……」
「だーかーらー、何度来ても、この店は渡さないって言ったでしょ!?」
少女は腰に手を当て、大男の言葉を遮り人差し指を突き付ける。
自分より倍近い大きい、筋骨隆々の厳しい男を相手に、少女はひるんでいなかった。
「だから。恨むんなら、お前の親父を恨むんだな」
大男はリュックから巻物を取り出す。
吉仲は羊皮紙という名前は知らなかったが、ファンタジー映画でおなじみの巻物だと思った。なんというか、何もかもが古い。
「これが証書だ。この証書を持つ者はこの店の主と料理勝負を行い、勝った者が店の権利を手に入れる。お前の親父が流行り病で死んで半年、子供一人で食堂ごっこするのもそろそろ潮時だろう?」
「だーかーらぁ!今は私が店の主で、私が料理勝負するって言ってんじゃん!」
少女は怒りを剥き出しにし、大男は大笑いした。吉仲は展開に着いて行けず二人の顔を交互に見る。
「バカ言っちゃいけねぇよ。たしかにお前の親父は良い料理人だったさ。俺も再戦を楽しみにしていた。だがお前はまだガキだ、都で鳴らした俺に勝てるわけがねぇだろ?それにお前みたいなガキをいたぶってちゃ、この俺の名に傷がつくってモンだ」
「そんなこと言って、私に負けるのが怖いんでしょ!?私だってお父さんの跡を継いで、ちゃんとこの店やっていけてるもん!」
大男は呆れているようだ。お手上げとでも言うように両手を上げる。
「知ってるんだぜ?知る人ぞ知る隠れた名店が、今や近所に住む常連の爺婆の寄り合い所じゃねぇか。食通達は見切りが早い、それに噂が伝わるのもな……良いか?お前にこの店は荷が重いんだよ」
少女は言葉に詰まる。図星を突かれて反論ができなくなった。
「もっとも俺も年端のいかない小娘を、着の身着のままほっぽり出すほど鬼じゃねぇ。都かどこか、住む所くらいは用意してやるよ。そんなに料理がしてえならどこかのレストランで修行しな。そこの行き倒れの兄ちゃんが、お前の最後の客だ」
言い返す言葉が見つからず、唸り声だけが響く。
鼻をすする音、少女は涙ぐんでいる。それでも諦めきれない顔で大男を睨み付ける。
吉仲は、思わず一歩前に出ていた。
「……あ、あのー、良いんじゃないですか?料理勝負?そっちの方が諦めも着くでしょうし」
大男が吉仲をジロジロと見回す。吉仲は自分が何か変なことを言ったんじゃないかと不安になった。
「ふむ。行き倒れに助け舟出されちゃ世話ねーな。兄さん、あんた責任取れんのかい?」
少女が振り向き、吉仲を見る。瞳は涙でうるみ、放って置けない雰囲気が出ている。
「せ、責任……?」
何を取らされるんだろう、ここがどこかも分からない点で無力感しか感じない。喉も乾いているのに、水すら飲めない。
「お前が審査するんだ。俺とこいつの料理、どっちが美味いかな」
「え?審査?料理の?」
「当たり前だろ?他にいねえんだから。常連の爺婆じゃこいつに有利な判定をしかねない、お前は行き倒れてた所を助けてもらった恩義があるかもしれねぇが、見たところ目覚めたばかりって感じだろ?それくらいならちょうど良いハンデだ」
大男は少女を見やる。
「で、だ。そうなると、お前の判断がこいつから家を奪うかどうかになるんだ。だが下手な情けを掛ける判定人は刺されても文句は言えねぇ。料理勝負と一言で言っても、料理人の人生が掛かってるんだぜ?その責任を取る覚悟があるのかい?」
吉仲も少女を見た。瞳をうるませたまま、吉仲をじっと見つめる。このまま一思いに大男が奪うなら、吉仲は負担を感じずに済む。