宮廷料理の技
リヨリとトーリアミサイヤ王女は、どちらもミミックの殻から身を取り出しはじめる。
だが、身を確認しながらのリヨリに比べて、王女の動きはミミックに手慣れていて素早い。
熟練の手捌きと言っても過言ではない。巧みで、鋭く、それでいて気品がある。
ハペリナほどの速さは無いが、一度に二つ以上の手を加えて、時にはそれを左右それぞれ別に行っている。
取り除きつつ切る、剥ぎつつスライスする、切り分けがそのまま飾り切りとなる。まるで一流の音楽家が左手と右手で違う曲を奏でているようだ。
「さあ、因縁の対決の幕開けだ!トーリアミサイヤ王女の手捌きはどうだ!?まさしく熟練の料理人も顔負け、素晴らしい技術だ!」
司会の言葉に、観客が大いに沸き立つ。
「たしかに、予選のステーキや一回戦のパテの技術は只者じゃなかったな……パフォーマンスも含めて」
「はい。ここまでの腕は見せませんでしたが、それでも素晴らしい技術でした」
吉仲とマルチェリテの言葉に、シイダが頷く。
「いつか宮廷料理長コクトー殿が仰っていたわ。弟子の中で自分の技量に最も近いのは、王女殿下だって。その時は冗談かと思ったけど、この手並を見るとその通りかもしれないわね……」
王女はリヨリより早くミミックを取り出し、細かく包丁を入れていく。
「そうなると、王女殿下が今見せている調理技術は宮廷料理の物ということになりますが、よろしいのですかな?」
ガテイユが王女の手並を惚れ惚れとした目で見つめ、シイダに尋ねる。
宮廷料理の技術は秘伝であり、外部への流出が起きないよう細心の注意が払われているのだ。
今思えば彼が若かりし日に見た前回の料理大会でも、ランズは手並を隠し、普通の料理人のように見せていたとも思える。
正体を隠すのが主目的でも、王宮への義理立てもあったかもしれない。
だが、今のトーリアミサイヤ王女の尋常ではない手並は、噂で伝え聞く宮廷料理の技術そのものだ。
食材への膨大な、そして高度な操作を短時間で加える妙技である。
極端に洗練されているが、やり方さえ知り訓練を積めば自分にもできそうだとガテイユは感じた。おそらくこれを見ている腕自慢の料理人なら真似できるだろう。
「それは……」
「構いませんわ!宮廷料理の知識は独占するより共有し、技術発展を促すべきなのです!内に篭るのは止め、市井の料理人とも競争していくべきですわ!」
手は一切緩めず、目も食材から離さないままでトーリアミサイヤ王女が断言した。
自信家に、迷いはない。
「めちゃくちゃだなぁ……」
「そうか?至極当然のことを言っているとも思うが。王家にあのような考えをする方がいることに、俺は感服すらしているぞ」
呆れる吉仲に、ベレリが珍しく愉快そうに反論した。
知識や技術の独占は権威と富を生むが、やがて既得権益となり停滞に繋がる。技術の停滞は経済の停滞を引き起こす。
若い頃から今まで、同業の有力者と戦い続けてきたベレリは、最大の既得権の受益者である王族から共有と自由競争の理念を聞き感動したのだ。
「理想はそうなんでしょうけどね……」
シイダはため息をつく。ガテイユも複雑な顔だ。
保護を無くせば自由な競争は起こるが、現在良いとされている物が未来でも選ばれ残るかは誰にも予測が付かない。
経済的な理由であればまだ良い、ただの流行り廃りで長年築き上げてきた物が崩れることすらある。
作り上げるのは時間が掛かり、失われるのは一瞬だ。
「……まあ、見ていなさい。この料理大会を足掛かりに、宮廷料理を解放し未来の料理を一段上のステージに上げてみせますわ!」
だが、自信家に迷いはなかった。