師の因縁
トーリアミサイヤ劇場を呆然と見ていたリヨリに、王女が近づく。リヨリは背を伸ばすような、首をすくめたような微妙な姿勢になった。
「ト、トーリア、ミサ……えと、王女様」
「トーリアで結構。ライバル相手に構えた敬語は不要ですわ。……リヨリさん、あなたにも言いたいことがございますの。リストランテ・フラジュを開いたランズのことです」
突然の話に、リヨリがキョトンとする。
「え?初代?……どういうことトーリア王女」
トーリアミサイヤ王女が真剣な目でリヨリを見据える。
瞳に輝く青い星々が激しく瞬き、王のそれより強い光を放った。
「私が料理の手ほどきを受けた師は宮廷の料理長。元はランズの弟分だった者ですのよ」
「え!?」
リストランテ・フラジュの初代店主ランズは、元宮廷料理人だ。
料理大会に宮廷料理人の参加は禁じられていたが、彼は覆面を被り大会に出場、優勝時の願いで開店したのだ。
その話は、宮廷料理人達に大きな衝撃を与えた。
王家に仕える者が掟を破ることなど許されない。
数十年経った今でも、宮廷料理人の間ではランズの名は禁忌を犯した逆賊として語られる。
その一方で、誰も口にこそ出さないが、培った調理技術を公の場で認められたことに対する羨望も持っていた。
彼への憧れの表明を許されないことが、より激しい攻撃に繋がっているのだ。
そして、トーリアミサイヤ王女に料理を教えた現宮廷料理長は、若かりし頃、ランズと共に腕を磨いていた。
「あの者は今でも悔やんでおります。ランズの料理大会出場を止められなかったことも、自身も料理大会に出て、ランズと勝負できなかったことも……」
ランズは宮廷料理人の同僚の中で、最も親しい彼にのみ自分の計画を伝えていた。しかし、慕っていた兄貴分の告白に、若かった彼は何もできないままだった。
都を追われ、生涯故郷に戻れなくなったランズの晴れやかな顔を見て、悔いだけが残った。
その時の自分への憤りが彼を一層料理の道へと駆り立て、今では歴代で最高峰の技術を持つとの評判が諸国に轟いている。
だが、彼はずっと後悔して生きてきたのだ。
「ランズは貴女の師である貴女のお父上、ヤツキ殿の師です。私達の勝負を、私の師と貴女の大師匠。どちらが上かの代理戦争といたしましょう。……それこそがあの者の無念を晴らす、唯一の方法と考えます」
リヨリが産まれる前にランズは亡くなっていて、直接の記憶はない。だが、ヤツキやカチの話で、初代への尊敬はある。人気店だった頃のリストランテ・フラジュへの誇りも。
「……王女様に料理できるか正直不安だったけど、その心配はいらないみたいだね」
リヨリは、身体が熱くなる気がした。闘志に火が着いたのだ。
「手を抜いて負けることなどあれば、ランズが全てを投げ打ち開いたリストランテ・フラジュの名に、傷がつきますわよ」
トーリアミサイヤ王女がゆったりを姿勢を正す。その姿は、美しい虎が獲物を前にして、優雅に身体に力を溜める様子を思わせた。
「リラ=タルトラ王国、第一王女トーリアミサイヤ!我が師、宮廷料理長コクトーと、我が王家の名に掛けて、勝負の結果に異論を挟むことはございませんわ!」
王女の誓いに、アリーナが熱狂する。アリーナはすっかり王女の味方のようだ。
「リストランテ・フラジュ、料理長リヨリ。……初代ランズが興した店と、父ヤツキの名に賭けて、料理の味での勝敗に異論を挟むことなしっ!」
「……二回戦、第一試合開始です!」
二人の少女の瞳が輝く。司会の言葉と共に、二人は動き始めた。