ミミック解体
老紳士がミミックを取り出す所を見せてもらう。
ミミックも貝の仲間で、貝相応に取り出すにはコツがいるらしい。ただ、個体差は大きくてもやり方を知っていれば応用も効くとのことだ。
まずは蓋と箱を繋げる閉殻筋、いわゆる貝柱を傷付けないよう蓋側から切り離す。
蓋を閉めるための閉殻筋は力が強く、濃厚なダシが出る。生でも食べられ、味わいは格別だ。
閉殻筋を切り離すと、蓋を全開にできるようになる。蓋側の薄肉を削ぎ落とし、作業しやすいよう中央の窪みに収めておく。
蓋に張り付く薄肉は削ぎ切りにして刺身で食べると、コリコリして美味い。
箱側の左右両端に収まる、ミル貝の水管のような長い部分は、俗に腕と呼ばれている。人を引き込むための触腕だ。
武装したダンジョンクローラーを軽々と引きずり入れるほど強靭だ。
筋繊維も太く身体に占めるサイズも大きい。だが、その分味わいも大味だ。
刺身だと物足りないが、スープなどで煮たり、油で揚げたりすると味をよく吸い旨くなる。
側面は腕が収まる構造になっているため、殻と接合している場所が少ない。箱側は側面から包丁を入れていく。
そして、中央の深い窪みがミミックの胃袋だ。
スイカが入る程度の空洞に、哀れな獲物を詰め込み、力任せに押し潰し、圧縮して箱の中に収める。
大の大人一人。金属製の武器や鎧も、革製の服や靴も、道具も骨も何もかもまとめて潰せるほどの力がある。胃袋はミミックの命とも言える場所だ。
左右から包丁を入れた後、背側と腹側の肉を丁寧に切り離していく。
ここの接合が一番面積が広いため、力も神経も使う。切り離すのに力はいるが、力任せに乱暴にやるとせっかくの肉に傷がつくからだ。
切り離して背側を探っていくと、心臓と生殖巣、肛門に突き当たる。
心臓と生殖巣は食べることができ、独特の風味がクセになる。塩漬けにすると最高の酒のアテだ。
また、肛門は傷つけると味が落ちるため細心の注意が必要だ。
ダンジョンクローラーは捕獲する時、腕を棒などに絡みつかせた隙に心臓を一突きする。その時の穴が胃袋のさらに奥に空いていることが多く、穴を目安に臓器の位置を探る。
そうして前面と後面を外すと、後は底面のみだ。
前後の筋肉が殻との接合を支えているため、底部は引っ張りながらナイフを入れるとすんなり外せる。
胃を保護する薄膜を取り除けば、あとの肉は刺身にしても、シチューに入れても、豪快に焼いても美味い。
力こそ触腕よりも強いが、歯応えがありつつ噛み切れるのだ。肉の繊維が伸びにくく切れることが、その独特の歯応えと味わいを生んでいる。
ミミックの肉をまとめて箱から取り出した老紳士が、胃袋の奥に手を突っ込み何度か手探りする。
取り出した手には、煌びやかな小さな宝玉が握られていた。
「うわぁ……きれい……」
ミミックパールだ。
宝飾品への興味の薄いリヨリも、思わずため息をつくほどの美しさだった。
丸呑みした獲物の骨や牙や羽、獲物が人間だった場合は武器や鎧といった消化できない部位が、真珠となって固まった物だ。
ある程度大きくなると触腕を使って吐き出し、人を誘き寄せることもある。もっともミミック自身がそうすると獲物がやってくると知ってやっているわけではないが。
人間が捕食されると、子供の頭ほどもある大きなミミックパールが作られることもあるが、幸いなことに手のひらサイズだ。
食べられないが、それなりの価格で売れるから見つけたら取っておくと良いと、老紳士は言って作業は終わった。
ミミックの肉はそのまま隣の娘が経営する料理店に持っていき、老紳士は仕事に戻る。
リヨリはそのまま娘の料理店をランチタイムを手伝い、何度かミミックを触らせてもらうこともできた。
この知識と経験はきっと役に立つ。
最初は休んだことへの焦りもあったが、リヨリは自信を持って次の試合に臨めそうだった。