宮廷案内
王に扮したオリバーと二人で王宮を歩き、王宮内の部屋を案内される。
前回の晩餐会の時は不安と心細さで周りを楽しむ余裕もなかったが、今回は外見上国王のオリバーに案内されているため心強く、王宮内の調度や部屋を観光気分で見て回ることができた。
王宮は苦手だったが、観光で来たと思えば気楽だ。
だが、何人かの貴族が噂の美食王に挨拶に来ることもあった。
巷で噂の通称美食王に、一回戦終了の労いを込め国王直々に王宮を案内する。
貴族達はその王の寛大かつ礼を尽くしたもてなしを口々に称賛し、また吉仲の味覚を美辞麗句の限りを尽くし褒め称えては去っていく。
何と返答した良い物か分からず、しどろもどろの吉仲を巧みにフォローするオリバーの言動は、どう見てもトライスフェルス国王の物だった。
「……すごいな、本当に王様みたいだ」
「……まあ、長いからな。……だが、あまり気を抜くなよ。王宮内はどこに耳があるかも分からん……」
「……あ、ああ……ごめん」
気を緩めつつあった吉仲は、再び気を引き締め歩き出す。だが、貴族達の反応は悪くなく、噂の悪影響に対する不安も薄れつつあった。
中庭に差し掛かった際、庭園の中央で日傘を差した麗しい令嬢が花を眺めていた。
令嬢は吉仲を認め、微笑み、優雅に礼をする。
日傘の陰の元でも、均整の取れた白面に輝く青い瞳は宝石のようだった。
柔和な印象を与える微笑みは、まさしく落ち着いた深層の令嬢の風情で、吉仲は思わず見惚れてしまう。
「……あの人は?」
「トーリアミサイヤ。余の娘で、この国の王女だ」
近くに人の気配を感じたのか、オリバーは王として返答した。
トーリアミサイヤ王女は再びにこやかに礼をして、そのまま歩き去る。吉仲にはどこかその眼に見覚えがあったが、王の娘だからだろうと思った。
「これはこれは国王陛下……吉仲様とご一緒とは珍しいこともあるものですね」
王女の後をぼんやりと見送る吉仲の背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
吉仲が振り向くと、晩餐会の食通主席の貴族が恭しく礼をする。
取り巻きはなく一人きり。
その立ち居振る舞いにあの時のような迫力はなく、どことなくか細く見える。
「……ミジェギゼラ。謹慎が明けたか」
晩餐会の席上での騒ぎの仕置は、十日間の謹慎。
国王から言い出したことではない。後日、貴族議会議長の父から示しが付かないのでどうしてもと言うので与えた処罰だった。
「ええ……陛下。私、謹慎して心の底から反省いたしました。……陛下の賓客でもあられる吉仲様に、あのように取り乱した姿をお見せしてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
もう一度、今度は深々とお辞儀をする。以前のような大仰な身振りではない。
むしろ恐縮しているような、本当に許しを乞う態度に見える。
「うむ、その心掛けを忘れるな……時に、近頃街中で妙な噂が流行っておるようだな。何か知っていることはあるか?」
食通主席だった貴族、ミジェギゼラは小首を傾げ、考える姿勢を取る。
「陛下のためともあれば、いかなることでもお答えする所存ですが……さて、妙な噂など見当もつきません、謹慎していたものですから。……お役に立てず、誠に申し訳ございません」
深々と礼をするミジェギゼラ。その表情は見えない。
「……そうか、変なことを聞いたな。下がってよいぞ」
「それではこれにて失礼させていただきます。吉仲様、またいずれ。ご機嫌よう」
王が柔らかく言葉をかけると、再びミジェギゼラは再び深々とお辞儀をして、去っていった。