スライムの調理法
トーマが新たな乾燥スライムを、最初に戻した時より少ない水に漬ける。
さらに水を張った別の鍋を火にかけ、袋から取り出した食材を切り出し始める。流れるような動きがとてもスムーズだ。一方リヨリは、手に持ったスライムを見つめたまま、動こうとしない。
「……考えがまとまらないのかい?」
「おそらくのう、初めて触る食材じゃすぐには動けんじゃろう」
「せめて水で戻せばいいのにねぇ」
老人達がリヨリを見て、ヒソヒソと話す。
もっとも集中しているリヨリには聞こえていないようだ。
トーマは作戦の成功を確信しつつも、緩み無く料理を進める。刻んだ野菜と調味料を鍋に入れ、戻したスライムを手でちぎる。
今回のスライムは水分を吸収しきるには水が少なかったようだ。固まりかけの餅のように、柔らかくも形をしっかり残していた。
「水、ちょっと少ないんじゃないか?」
「さすがによく見てますね。乾燥スライムは戻す水の量で硬さを自在に操れます、今回は少し歯応えを強めようと思います」
「へぇ……」
トーマは細かくちぎったスライムを締めるための水にくぐらせて、そのまま鍋に投入していく。
野菜の緑やオレンジに、薄水色のスライムが鮮やかだ。
次から次へとスライムをくぐらせて、鍋に入れる。トーマの動きは残像が見えるようだった。
「……うん、よし」
トーマと対照的に、動きを止めていたリヨリが頷き、鍋を火にかける。時間は半分が過ぎようとしている。間に合うのか吉仲は心配になった。
「スライムを戻すには最低十分は水に漬ける必要がある……今からじゃ間に合いませんよ」
トーマはスライムを全て鍋に入れ、味噌のような調味料を鍋に解き始めた。
「リヨリ……」
「さっきの締めるための粉ってこれ?使って良い?」
リヨリは気にする様子も無く、トーマが使った塩と微量の石灰を混ぜた粉の紙包みを指差す。
「え?ええ、どうぞ」
リヨリは微笑みトーマに礼を言い、ひとつまみを鍋に入れた。そして、瓶詰の白い液体、ミルクを入れ、煮立つ間に刻んだほうれん草のような野菜を同じ鍋に入れる。
「あれ?スライムは?」
吉仲は呆気に取られた、時間は間もなく十分を切ろうとしている。トーマは味見をして、最後の仕上げに掛かっている。リヨリは、スライムを戻してすらいない。
「スライム?使うよ?」
事も無さげに言い、リヨリは鍋の前に立つ。右手に包丁、左手には乾燥したままのスライム。
鍋の前で、スライムに包丁の根元を押し当て、スライムを回し始めた。
「な、何を始めるんだ?」
包丁を使い始めたリヨリは、集中して周りの音が聞こえなくなっていた。
桂剥きの要領で、干したままのスライムを長く、長く削ぐ。糸のように細長く削られたスライムは鍋に入っていった。
ミルクを入れた白い液体の中に、細長いスライムが次々と飲み込まれる。その中の様子は見えない。
リヨリは手を緩めず、野球ボール大だった乾燥スライムは、包丁に削がれて見る見る小さくなっていった。やがてテニスボール大に、そして卓球のボール大へと乾燥したスライムは身をすり減らしていく。
煮える鍋の音と、淀みなく削る包丁の音のみが響いた。
「の、残り五分だ」
吉仲はリヨリの手さばきを見たい気持ちをこらえ、一瞬時計に目を向ける。リヨリの手先は変わらずに動き続けていた。
トーマは器を取り出し、自分の鍋の中身を盛り付ける、しかしその視線はリヨリに注がれている。老人達も吉仲もリヨリに釘付けだ、桂剥きをしている姿は、凛として美しかった。