同郷
吉仲は、ジロジロと男を眺める。
王が遣いをよこすにしても、こんな浮浪者みたいな人間を送るだろうか。
「来てくれって、どこに?……アンタは?」
「王宮さ。あの方が君をお呼びだ。……だが、詳しい話は……」
言いにくそうに言葉を切って、男はナーサを見た。
「……王宮ねぇ。魔女はお呼びじゃないってことかしらぁ?……ま、良いけどぉ。吉ちゃん、後でねぇ。マルチェちゃん、行きましょう」
ナーサが肩をすくめて、マルチェリテを誘う。
マルチェリテは考え込むように男と吉仲、ナーサを見比べた後、ナーサに向かってにっこりと頷いた。
「え?あ、ナーサ……」
「すまないな。男同士の話ってヤツなんだ」
吉仲と男の声にナーサは手を振り、マルチェリテと二人でさっさと歩いて行った。
魔女と公権力は根本的に折り合いが悪い。
魔法という強力な力を有し、魔女貨幣という国境を越える独自通貨を発行し、それでいて国家にまつろわない個人主義者は権力者にとって厄介な相手だ。
対して、どこででも生きていける技術を持つ魔女にとって国家は、無闇に法を押し付け規制を掛けてくる面倒な存在でしかない。都の利便性が気に入って住むことはあっても、権力とは関わりあいになろうとしない。
最も下手に手を出すと互いにタダじゃ済まないのが分かっているため、無視しあっているのが現状だ。
魔女の王宮への立ち入りが禁じられているわけではないが、魔女が王宮にいると目立つのだ。それが、男には好ましくなかったらしい。
吉仲は急に心細くなった。本当に王の遣いなんだろうか。
「……さて、ヨシナカ、行こうか。君はその複雑な名前からして日本人だろ?」
「え!?」
男は事も無げに颯爽と歩き出した。吉仲は戸惑いつつも、慌てて着いて行く。
「俺はオリバー・ザックス。君と同じ世界から来たイギリス人だよ」
男、オリバーが手短に語った所によると、彼は事故による死後、この世界へ転移してきたらしい。
「“同郷”の人間は初めてか?」
「……ああ、まあ。……ザックスさんは日本語上手だな」
吉仲は戸惑いながらもオリバーを眺める。
「オリバーで良いさ。それに俺には、君の言葉が流暢なクイーンズイングリッシュに聞こえるよ。この国の人間にはこの国の言語で話しているように聞こえているらしい。まったく不思議な話だ。そう思わないか?」
吉仲は、目の前の男に急に親近感が湧いた。ヤツキも同郷だが、生きている人間は初めて見たのだ。
仲間意識が、オリバーへの警戒を解いていった。
「他にもいるのか?その、“同郷”の人間は……」
「何人かいるかな。一人は君も知ってるだろう?料理の死神、テツヤだ。もっとも彼は馴れ合わないがね」
死神テツヤ。何度かその手料理を食べていても、あの髑髏のような顔、何も見ていない漆黒の瞳を思い出すだけで、吉仲の背筋が冷たくなる。
言われてみるとたしかに日本人の名前だ。だが、あの男のことは考えたくはない。親近感も湧かなかった。
「……ヤツキは?知りあいか?」
「ヤツキ?……ああ、たしか……昔活躍した料理人だったな、食の革命児と言ったか……まさか彼もそうなのか?」
オリバー・ザックスがこの世界に転移してきたのは十年前のことだ。
ヤツキが都から姿を消し、リストランテ・フラジュを継いでから五年目で、二人に接点は無かった。
「ああ、ただ、何ヶ月か前に病で亡くなってて、俺も会ったことは無いんだ」
「そうか。そいつは残念だったな」
オリバーが目を伏せる。
「オリバーは、何で王宮に俺を連れていくんだ?トライスさんとはどういう関係なんだ?」
「一つ目の質問だが、あの方に会えば分かるさ。今ここで話す内容じゃないな……だが、そうだな、二つ目に関しては教えても良いだろう」
吉仲は勿体ぶった男だな、と呆れつつ話を促す。