浮浪者
吉仲がミミックを一口食べる。オリーブオイルと塩のみの味付けは物足りないと感じるほどの薄味だったが、噛むと口中に旨味が溢れ出す。
むしろ最初の味とのギャップが、とても楽しく美味しい。
「へぇ!本当に貝みたいな味なんだな!」
「ええ、とっても上品な味ねぇ!」
見た目ももちろん、貝類は味わいも豊富だ。
スープに浮かび溶け込んだ旨味、パンの上に載せられバターで焼かれた旨味もそれぞれ味わいが異なっていて、同じ魔物とは思えない。
サラダの上に乗ったクルトンも、ミミックを細かく刻んで揚げた物で、カリカリの食感で風味がまた変わる感じがした。
ランチに舌鼓を打ち終えた吉仲は、腕利きの料理人の料理に負けない満足感を味わっていた。
「すごい美味いじゃないか。なんで他の店だと出ないんだ?」
「ミミックは捕獲量が少なく日持ちがしないので、稀少なんです。特別なルートで捕獲・売買されるから、決まった店以外ではなかなか食べられないんですよ」
現代では本当に宝箱のように見える装飾を持つ種が多く、また、木製の箱よりもはるかに頑丈なため箱には最適だ。
品質の高い物はこの店のように芸術品と同じ扱いで売られ、また、ダンジョンの土産物の中でも高額商品だ。形状が歪なものでも普段使いの箱として人気が高い。
そういった二次利用があるため、ダンジョンでは他の魔物の解体班とは別の流通ルートがある。
固着性で動かないことを利用し、ダンジョンクローラーにはミミック専門の養殖班がいる。魔物の中ではスライムに続き養殖がなされているのだ。
だが、スライムと異なり地上ではうまく繁殖できず、ダンジョン深層で見つけた幼体に他の魔物の肉を与えて成長させる、危険を伴う半養殖が一般的だ。
成長し捕殺されたミミックは外殻を壊さないよう丁寧に運搬され、殻は箱として加工されて売られる。
中身は日持ちがしないため、この店のように併設された店か、提携店でその日の内に調理され消費されるのだ。
「へぇ、箱屋さんとしては開いていても、ランチはお休みのこともあるのねぇ」
ミミック料理に携われる人間は限られているのだ。
リヨリだけでなく、都の料理人でも触った者は少ない、そして、それこそが二回戦の要諦だ。
「うーん……中々難しい戦いになりそうだな……」
もう一度ミミックの細工箱をひとしきり鑑賞した後、店を後にする。
キマイラのように料理人が食材の真の旨さを見つける勝負なら、判定はしやすい。だが、ミミックは普通に食べても旨いのだ。
難しいのは料理人だけでなく、審査員としても同じなことは想像がついた。
「――なあおい。君が、スマ・ヨシナカだろう?」
帰路を歩む三人の背後から、男が話しかけてきた。
振り返ると、ボロボロのマント、ヨレヨレの服。どこからどう見ても浮浪者が立っている。
だが、乱れた金の総髪、精悍な顔立ちに、立派な顎髭。見れば見るほどトライスフェルス国王にそっくりだ。
しかし、その瞳はたしかに理知を湛えた深い青色だったが、トライスのような星は輝いていない。
「ト、トライスさん‥…?……じゃ、ないよな?」
「あの方から話は聞いているよ美食王。一緒に来てくれないか?」
「……え?」
男は、不敵に微笑んだ。その表情は、トライスフェルス国王そのものに見えた。