宝箱
「二回戦の食材はこれだ!」
審査員の叫びと共に、白布が取られる。
そこには、人の膝の高さくらいの立方体が置かれていた。鮮やかな赤い覆いに、金の縁取りがなされている。宝箱だ。
だが、その形状はどこか歪つで、違和感がある。
「た、宝箱……?」
「いえ……あれは……」
<ミミックねぇ。私も食べたことないわぁ>
吉仲にもミミックという名前は聞き覚えがあった。RPGでお馴染みの、宝箱の中に潜むモンスター。
――ミミック。
宝箱に擬態し、欲に駆られて開けた冒険者を捕食する魔物だ。
ミミックと言う名称は、ずばりそのまま「擬態」という意味である。
ミミックと呼ばれるようになる以前の遥か昔には、殻に篭り一歩も動かず小さな魔物を捕食する、固着性で肉食性の大型の貝類だった。
殻に触れた生物を触腕で中に引き込み捕食し、ゆったりと時間を掛けて消化する生活スタイルを持つ。
獲物を捕獲する強力な触腕と、潰して圧縮し消化する強靭な胃袋、そして生殖巣のみの構造だ。
感覚器官も持たないシンプルな生物だが、その分生命力は高い。
今の形への進化が起こったのは、魔力を用いたダンジョンが出現してからだ。
比較的新しい魔物種と言える。
魔力の影響で生活環を巡る時間が短縮され、またある事情から“箱”の形状に近い個体に選択が働き、現在の形に一気に近づいた。
それまでの獲物が触れるのをひたすら待つというスタイルでは、獲物を捕らえることが稀で、餓死していた個体も多く、繁殖も細々とした物だった。
しかしある時、ダンジョンの中にある生物が現れた。
片っ端から箱を開けたいという強烈な欲求に突き動かされる、奇妙な二足歩行の大型霊長類。すなわち人類だ。
ミミックの祖先だった貝は、人類を相手にするようになってから爆発的に数が増え、大型化し、そして形態も多様化して現代のミミックへと繋がっている。
精巧な宝箱への擬態は、人類の捕食者であることを示している。
人類は他の生物と異なり、見えない物を見たいという感情に抗い難い、奇特な習性を持つ。
ミミックは数少ない人類の天敵だ。
外見では宝箱と見分けが付かず、宝箱と同様に重い蓋は、武器を持ったまま開けることができない。深層に潜れるようになったベテランも、魔力酔いにより判断力を失った時に餌食となることも多い。
だが、人類も無力ではない。ミミックを捕獲し、食材とするようになったのだ。
司会が重そうに蓋を開けると、中には薄桃色の器官がみっしりと詰まっていた。
中央には深い窪みがあり、箱の両側には折り畳まれた触手のような物が収まる。
すでに死んでいるようでピクリとも動かないが、その様子が箱に収まった人の身体の断面にも見えて、どこか薄気味悪い。
「ミミックは個体差が大きいため、割り当てる食材は当日の抽選とさせていただきます!今回は下ごしらえはできないのでご注意ください!それではまた、三日後にお会いしましょう!」
万雷の拍手と共に、大会二日目が終わった。