シチュー対決
テツヤの対戦相手はトーマだった。
トーマが作ったのはセオリー通りによく煮込まれたシチューで、昨日までなら間違いなく都でも上位の、秀でた逸品だっただろう。
だが、料理仮面、イサ、そしてリヨリの料理を食べた後の吉仲には、どうしても物足りなく感じる。
トーマもそれを噛み締めているらしい。終始俯いたままだった。
対戦相手がリヨリやイサでは勝ち目は無かった。それは悔しい。ただ、相手の料理次第では、まだ二回戦進出の目はある。そして、その可能性は高いと感じていた。
テツヤが巨大な皿に置いているのは、完全に黒こげになったキマイラの丸焼きなのだ。
「それでは次に、テツヤ選手……キマイラの……丸焼きですか……?」
トーマの料理の評価を聞いた後、司会が呆れたような声を上げた。
外れ肉と当たり肉の比率、両者を混ぜ合わせなければダイレクトに味わうことになるクセや臭みのため、リヨリのような工夫をしない限り、キマイラの焼肉は選択としては下の下だ。
そのうえ、ただの丸焼きだとしても黒こげで、どう見ても料理を失敗している。
「……違う。俺の料理は……」
テツヤはキマイラをひっくり返し、腹を裂いた。
当たり肉の豊潤な香りが、一気に広がる。
「なっ……!」
キマイラの腹におたまを入れ、五人分の皿に瞬く間にシチューが盛られた。
「この、内蔵のシチューだ」
ゴロゴロと内蔵が浮かぶ真っ黒なシチューが提供される。
おそるおそる一口食べた審査員達は、一様に声を失い、忘我の境地に陥った。
今までの料理と違い、クセのある旨味が全面に押し出されている。
濃厚で強烈な旨味と、旨味にひねりを加えるクセが食通達の思考力を奪ったのだ。
暴力的にうまい。
だが、クセの強さに反して、臭みはまるで無かった。ほのかに香る柑橘類の香りが、強烈な旨味のためクドくなりがちな後味をスッキリと断ち落とし、後を引く味を実現させている。
無言で二口、三口とスプーンを運ぶ。観客がざわめいた。
「……まさか……血の、シチューか……?」
吉仲が、一言だけ呟く。
「その通り。キマイラの血を使って作ったシチューを漏れないよう煮凝りにし、腹中に入れる。それをたった今丸焼きにして戻したのだ」
テツヤは表情をまったく変えず、返答した。
肉が三種類の獣の肉質が混在していると言うのなら、血液もまた混ざりあっている。
また、栄養豊富な血は、食材として優れている。
腹の中で煮込まれていたシチューは、複数頭のキマイラの血を煮込み作られていた。
血を固めたプリン、そして様々な内蔵を用いて作られたシチューは丸焼きにされたキマイラの中でその風味が移り、混ぜ合わせを実現させるのだ。
だが、それ以上に複雑な味わいがこのキマイラのシチューにはあった。
「血で作られた料理とは思えない上品さね……あんな乱暴な作り方で……こんなに美味しいなんて……」
「……いいえ、一見乱暴に見えますが、この肉の柔らかさは相当繊細な注意を払わないとできません」
少しずつ忘我の境地から戻ってきたシイダとマルチェリテが、それぞれ味わう。
腹の中の物を使うという点ではイサと同じだが、テツヤの料理は肉も入っている。そして、肉は血の風味と混ざり合って味わい深く、柔らかくなっていたのだ。
シイダが、血のプリンを見る。陽光を受けて輝くゼラチン質は、高級感に溢れていた。
「こ、これなら普通にシチューとして出せば良いだろう!なぜ丸焼きなどと……」
「丸焼きに使ったキマイラはこの一頭のみではない。シチューを煮込む過程から複数頭のキマイラを使うことで、複数の風味を入れ込んでいる」
複数頭のキマイラの血、そして、複数頭のキマイラの肉の鍋。その相乗効果で混ぜ合わせの効果を増していたのだ。混ぜ合わせる回数が多ければ多いほど、当たり肉を越えて真のキマイラの味に近づく。
“死神”テツヤの秘策は、大量のキマイラの屍を一杯のシチューに濃縮させることにあったのだ。
「一頭じゃなかったのか……」
吉仲の言葉に、トーマがうなだれる。完敗だった。
そして、最後にもう一人。