蒸し焼き、そして丸焼き
「……まさか、キマイラ肉が一切入っていないキマイラ料理だと?」
ガテイユがわななきつつ、野菜を口に入れる。イサの料理は、温野菜だった。肉は影も形も見えない。
だが、野菜の甘味に、ほのかに香るキマイラのクセ。そのほのかなクセはリヨリが作った料理のように味に深みを与えていた。
試合の開始前から下ごしらえを行うことや、食材の持ち込みは許可されている。
イサは、ほとんど試合時間前に全ての調理を終わらせていた。
試合中に行ったのは最後の蒸らし、そして盛り付けのみだ。
丹念にグリルされたキマイラは使わず、その中身だけを出す行為は観客の度肝を抜いたが、イサは淡々としている。
「肉を使うだけがキマイラ料理じゃねぇってことさ、ガテイユの旦那」
イサはつまらなさそうに呟いた。
内臓のみを取り出したキマイラの腹中に、各種の野菜を入れ、一晩蒸し続けたのだ。
蒸すことで肉は柔らかくなり、その味わいや風味、栄養素が少しずつ中の食材に味を染み込んでいく。
キマイラの風味の蒸気により個々の肉質の差は関係なくなり、混ぜ合わせが起きるのだ。
だが、翌日の試食開始まで、少しでも火を入れ過ぎると野菜に必要以上に味がつき、キマイラ肉を食べるのと変わらない臭みやクセが出る。
当たり肉の旨味と風味だけを食材に移すため、一晩の間中、繊細な火加減と中の食材の状態を見通す蒸し技術が必要となる。
熟練の技のみがなし得る奇跡の味だ。
そして、一晩蒸し続けた野菜にはキマイラの当たり肉の旨味と風味、そして少々のクセが移り込んでいる。リヨリが作った真のキマイラ肉の味わいに近い。
「すごいです……キマイラ肉が一切入っていないのに、キマイラ肉の味がしますね」
「ああ……一瞬なんの味か分からなかったよ……」
リヨリの料理を食べなければ、判断はできなかっただろう。
リヨリが見つけた工夫に匹敵する料理と言っても過言ではない。だが、イサにはそれが面白くなかったらしい。
勝ち名乗りを受けたイサは、表情を変えず手だけを挙げて、さっさと出て行ってしまった。
「……リヨリにしてやられたのが、相当悔しいみたいだな」
吉仲が呆れたように呟くと、マルチェリテもクスクスと笑った。
テツヤもまた、試合中は仕上げを行うのみだった。
彼は、予選に引き続いて入場時点で観客をざわつかせる。
「キマイラの……丸焼き?」
吉仲の言葉に、ガテイユが目をひそめた。
すでに手足を棒で縛られ、グリルされたキマイラを台ごと運び入れたのだ。
そして、テツヤは台に点火し、それから放置しているのみだった。キマイラは炎に舐められ見る見る内に黒こげになる。
「なにをしているんだ……」
観客のざわめきも、審査員の怪訝な顔も、焼け焦げる肉の臭いも意に介さず、穴のような黒い眼は、無感情のまま燃えていくキマイラを見つめ続ける。