キマイラ肉のパテ
「キマイラ料理の歴史が、今塗り替えられましたねぇ……」
お茶を飲むマルチェリテが呑気に呟くと、ガテイユが大きくため息をついた。
「まったくです……今まで自分は何を学んで来たのかと思いましたよ……」
薬草包みもそうだったが、彼女は既存の料理の枠組みを平気で越えてくる。
かつての食の革命児と同じく、自分がいかに時代遅れな老人かを突きつけらた気分になったのだ。
リヨリのキマイラ肉の新たな知見はハペリナを倒すだけでなく、一回戦後続の料理人達にも強烈なインパクトを与えた。
キマイラという課題に対し、工夫を凝らしたハンバーグを選択した料理人達は多かった。しかし、最適解はハンバーグではなかったのだ。
そして、リヨリの話を聞き、慌てて路線変更しようとした料理人達は計算が狂い、その差を埋められないままの中途半端な料理を出すことになる。
話を聞いただけで、その場で獅子、山羊、蛇の肉質を当てることなどできず、当然うまい混ぜ合わせを行うこともできなかった。
リヨリはただ一人で後続の料理人を何人も打ち破ったのだ。
それでも、例外は存在する。リヨリと異なるアプローチで、同じか、それ以上の美食に仕立て上げた者もいた。
なめらかな黒色の、板状の塊を食べた審査員は、一様にそのうまさと美しさに目を見張った。
「なるほど……パテね……」
「すり身にするため何度も包丁で叩かなければいけない所を、魔法符を使うなんて考えましたね……」
覆面料理人、料理仮面はハペリナと同じく挽肉を複数回混ぜる方式だ。
だが、それをさらに一歩進めていた。
キマイラ肉のパテだ。
彼女の料理の最大の工夫は、なめらかな舌触りになるまですり潰すことだった。
普通の肉よりも挽肉の方が三種の肉が混ざりやすく、味のばらつきが収まりクセが消える。
だが、挽肉のサイズだとどうしても混ざり具合に限界がある。
そこで彼女は、風刃旋、防御力場の魔法符をふんだんに使った奇策に出たのだ。
吉仲の脳裏に、先ほどの一大スペクタクルが思い浮かぶ。
空中に浮かぶ薄い半透明の青と緑色のフードプロセッサー、そして、刃に翻弄されるキマイラ肉。
魔法で作られた風の刃に切り刻まれたキマイラ肉は、力のベクトルが内側になるよう向けられた防御力場に押し戻され、幾度も幾度も風の刃の餌食となる。
どちらも効果時間は短いが、次から次へと発動することで、刻みを越えたすり潰しを実現させる。
青いハニカム構造がより集まった球体の中で荒れ狂う緑の刃は、黒ずんだキマイラのブロック肉をペースト状に変えた。
そして、味付けをした複数体のキマイラ肉のペーストに火を通し、冷やし固めたものをいくつか重ねて味を混ぜ合わせる。
「当たり肉の味わいが、ほとんど再現されているな……」
ハペリナの混ぜあわせは一口に食べる量の限界があり、一度の混ぜ合わせは二・三体が限界だが、料理仮面はパテを積み重ねることで五体以上の混ぜ合わせを実現させたのだ。
「……ええ。あんな調理法、思いついたってできやしませんよ」
「まったくだ……この一口に一体いくら掛かることやら……あらかじめすり身を用意していても良かったろうに」
攻撃用の魔法符は、使い捨てだが高価だ。
一枚一枚の作成に手間が掛かる割に、ほとんどダンジョンクローラーしか使わず、命を守るため安定した品質が求められるためだ。
商人のベレリには、一切れのパテに高級店を貸し切る程の額を使う神経が理解できなかった。だが、それに見合った味だというのは分かる。
「フフ。勝つためですもの、手段は選びませんわ!……それに目でも楽しめたでしょう?料理は、五感全てで楽しまなければいけません!」
勝ち名乗りを上げた料理仮面は、青い瞳を輝かせてふんぞり返る。
――次の試合のイサは、キマイラ肉を使わなかった。