キマイラ料理、判定
「……戦闘中?」
吉仲が尋ねると、リヨリが微笑んだ。
「冒険者にお願いしてダンジョンに潜ってね。狩りたての複数のキマイラのまったく同じ部位を、同じようにちょっとずつ食べてきたんだ。……それにたまたま、ドラコキマイラの狩りたても食べれてね、それで確信できたよ」
こともなげに言うリヨリに一同が目を見開く。観客がざわめいた。
代表的な夜の魔物であるドラコキマイラを知る者は多い、ダンジョンには剥製が飾ってあり姿を見ることもできる。だが、動く所を見れるのは熟達したダンジョンクローラーのみで、食した者は王族、貴族を除きほとんど誰もいない。
「切り出した同じ部位が同じ味のことも、違う味のこともあったし、ドラコキマイラにしかない味もあった。つまり、獅子か山羊か蛇の味、ドラコキマイラは龍の頭の味だね。細分化されてはいるけど、肉の繊維での混ざり方にはいくつかパターンがあったよ」
吉仲がもう一度皿を眺める。
「あとはそのベストな組み合わせを見つければ、安定して美味しく作れるってわけ。ベストな混ざり方をしたキマイラは、本当に美味しいの!臭みやクセも美味しくて、当たり肉よりすごいんだよ!」
会場が、静まりかえった。 吉仲とマルチェリテは感心しているが、他の審査員もハペリナも、黙り込んでいた。
リヨリの料理は、当たり肉よりもさらにベストなバランスで削ぎ切りされたキマイラ肉の煮物だったのだ。
「しょ、勝敗の判定をお願いします……」
司会が全員の顔を眺めまわし、一言呟いた。
「聞くまでも無いだろうさ……」
ハペリナが呆れたように呟く。
「――ああ、リヨリだ」
吉仲の言葉に、他の四人も頷く。
既存のキマイラの枠で美食を追求してきたハペリナと、キマイラの肉という枠そのものを破壊し、概念を再構成したリヨリ。
勝利は誰の目にも明らかだった。
ハペリナが風船から空気を抜くように、大きく息を吐き出した。
「一つだけ良いかい?肉を選ぶのに随分時間を掛けていたみたいだけど、あれはなんだったんだい?」
リヨリが照れ臭そうに頭をかく。
「最初からある程度、うまく混ざった肉を見つけないとだからね。食べれば分かるようにはなってきたけど、食べないで見つけるには……重みとか匂いとか、細かい違いで判断するしかなかったんだよ。……だから、あんなことして……時間が掛かったの」
喋っている内に自分の行動を思い出してきたらしい。最後の方は声が小さくなっていった。
肉をジロジロ眺めまわしたり、匂いを嗅いだりしていたあの様子を、ビジョンズ付きで観客全員に見られてたと思うとかなり恥ずかしい。
「自信を持って見分けられるようになったのも昨日の晩遅くで、準備する時間も無かったし……」
赤面するリヨリを見ながら、ハペリナは脱力した。
「そうかい、アタシの負けだよ。トーマやフェルがやられるだけのことはあるね……まさかキマイラ肉のクセの秘密まで見抜いちまうなんて」
リヨリは、肩をすくめて首を振った。
「違うよ。私だけじゃ行き詰まってたもん。……グリル・アシェヤの前店長、ジェイダーさんがたまに作ってたキマイラ料理の話を聞いたんだ。市場でも評判で、それで初めて何かあるんじゃないかって思えたんだ」
市場ではジェイダーがキマイラを仕入れたという噂一つで、都中の食通が詰め掛けたという話は語り草になっていた。ある程度は、見分けられるようになっていたのだろう。
「……ジェイダーか。あいつ、無口だったからねぇ。ホント、惜しい男だったよ」
やれやれ、とでも言うようにハペリナは頭を振った。そしてリヨリに微笑みかける。
「リヨリ、アタシに勝ったんだ。負けるんじゃないよ」
リヨリは力強く頷くと同時に、ハペリナは振り返り、さっさとアリーナを出て行った。
「勝者!リヨリ選手!二回戦進出です!」
<やったわリヨちゃーん!>
歓声がアリーナを包む。吉仲の耳元でナーサが絶叫し、同じくイヤーカフスを付けているマルチェリテの身体がびくんと跳ねた。
リヨリも照れ臭そうにお辞儀をして出て行った。