肉質の秘密
残りの審査員がゆっくりと味わい、キマイラの肉だとは思う。だが、言われてみると獅子や山羊や蛇とは異なる味だ。
「キマイラの肉ってさ、見た目からじゃほとんど分からないんだけど、細かく見ていけば獅子と山羊と、蛇の肉質が入り乱れているんだ。頭ですらそう。ちゃんとそれぞれの動物の味になっている部分が無いの」
ハペリナの顔が青ざめる。目ざとさには自信がある、料理の経験も長い。だが、キマイラ肉の肉質の不思議に考えが至ったことはなかった。
一瞬、今までの自分は、何を料理してきたんだろう。と思ってしまった。
「それにね、肉質の入り乱れ方は個体ごとに違うの。そのまま食べると一般的な臭みのあるキマイラの味になりやすいんだ。……でも、その混ざり方具合が一定のバランスになると、当たり肉になる」
リヨリの言葉に、一同が言葉を失った。
――この時代ではまだ知られていないことだが、実はキマイラは他の多個体同体の魔物だけでなく、あらゆる魔物から隔絶している。
それは、身体構造の左右非対称性のためだ。
通常、脊椎動物は概ね左右対称になるよう育つ。身体の中央に線を引くと、左側と右側は概ね鏡写しにできるのだ。
身体の中身、内臓の配置などは非対称なこともあるが、これは生存に不可欠な重要な器官のため、特別なコストを掛けられているための例外だ。
左右が対称であることは、余分な遺伝情報を減らし、遺伝子のコピーを作る際のコストの低下や、エラー発生率の減少など、様々なメリットがある。
そしてその法則は、魔物ですら免れえない。
キマイラの獅子と山羊の頭のように、身体の左右で別々の形状と機能を持つ魔物の種はドラコキマイラなどの極少数を除きほとんどいない。
コカトリスやヒュドラ、ケルベロスといった複数の頭を持つ魔物も、ヒポグリフやグリフォンなどの複数の生物の形質が見られる魔物も、正面から見れば全て左右対称だ。
そしてその理由は、キマイラが遥かな古代、現代の魔物がまだ進化の途上にあった時代から変わらぬ姿を保っていることにある。
左右非対称の他の種は長い時間で起こった淘汰の末、絶滅している。進化と分化が進み他の魔物種となるか、競合する生物との競争に負け姿を消している。
炎の無い環境下で炎の息を吐けるよう進化できたキマイラ、そして一部とはいえ龍の肉体を得たドラコキマイラといったごく少数が、生態系にニッチを獲得でき、現代まで生き残っているのだ。
それほどまでに、炎を操れる生物は強い。
「挽肉にすると安定する所から思いついてさ。もしかしたら、混ざり方が変わって味が変わってるのかなって。 ……戦闘中に、山羊が身体を動かしているように見えて、獅子が噛みつく時は獅子が身体を動かしていたから、確信もできた」
現代まで生き残った多個体同体の魔物は、身体の形質が明確化され、動かせる範囲も頭ごとに変わる。それはつまり、筋繊維の構造が個体ごとに同じという意味であり、肉質が安定していることにつながる。
キマイラの肉質は全ての動物の筋肉が入り乱れている。そのため、身体の操作は干渉しあう。だが、生存競争を生き残れるだけの強さがあった。
そして、その筋繊維の混ざり方は個体ごとに異なる。その肉質の組み合わせが、味の異常なまでの幅広さを生んでいたのだ。
「キマイラ料理のキモは、肉質の把握にあったんだ」
山羊と獅子、蛇のベストなバランス以外では、どれかの肉の臭みが強く出てしまう。
そうなると、挽肉にして混ぜるか、シチューにして長時間煮込み馴染ませるしかないのだ。