キマイラ肉の煮物
「はは!余裕に見えていたのは勝負を投げてたからかい?……それともラッキーに賭けることにしたのかい!?」
理論上、キマイラ肉の当たりの部分を引き当てれば、ただの煮物でも十分に美味い。
ただし、それが全員分続くことはない。 当たり肉と呼ばれる部分はキマイラごとにあったりなかったりするうえに、あったとしても極めて少ない。
挽肉にして混ぜるか、長時間煮込んで馴染ませるという工程を飛ばすと、キマイラ肉は個体差頼み。まさしくクジになってしまうのだ。
それは、勝負の場ではあまりにも無責任な料理だ。
「ま、食べてみてよ!」
だが、リヨリは、余裕の表情を崩さない。悠然とした微笑みはハペリナに不快感を与えた。
吉仲がキマイラ肉を箸で持ち上げ、ちょうどリヨリが食材選定でしていたようにいろいろな角度から眺める。
料理の一部始終は見えていたのだ。特別な隠し玉など何もない肉の煮物、それがリヨリの全てであることは分かっている。
他の審査員達も皿を持ち上げ、あるいは覗き込んでいる。
「ほらほら、早く食べて!」
リヨリに促され、重い箸がようやく動いた。一口食べ、食通達の表情が変わる。
何が起こったのか、誰にも理解できなかった。ただ一人、リヨリだけが変わらず微笑んでいる。
「これが……キマイラ……?」
吉仲がそれだけ呟くと、再び箸が動いた。今度は素早く、かきこむような動きだ。
吉仲だけでない。審査員全員の目の色が変わり、キマイラ肉を味わうことに集中しているのだ。
「な、なんだってんだい?」
異変を察知したハペリナの頬を、一筋の汗がつたう。
審査員は誰も喋らない。今自分達が食べている物がなんなのかもよく分かっていないのだ。
牛とも豚とも違う、豊かな肉の風味。脂の旨味は濃厚だがしつこくなく、それでいて口の中でトロけるようだった。歯応えはありつつ、噛み切る時の食感はとても心地良い。
キマイラの当たり肉だけを凝集させた肉とも違う。キマイラ肉特有のクセも臭みもある。だが、その野性味が味わいにさらなる深みとコクを与え、新たな美食を作り出している。
これは、まぎれもないキマイラだ。誰もがそう思った。
しかし他のキマイラとなぜ違うか、それを言語化できる者も一人としていなかった。
「どういうことだい!?説明しておくれよ!」
ハペリナが、小さな身体を精一杯伸ばして叫んだ。吉仲を含めた審査員全員が、悩み出した。
「……王の食材ってさ。獅子と山羊と蛇を同時に食べるんだったよね」
審査員達の反応をゆったりと眺めまわしたリヨリが静かに言葉を呟いた。
不思議そうな表情で審査員を見ていた司会が、ハッと気づきコクコクと頷く。
古の格言にはこうある――山羊を食す者は頑健に、獅子を食す者は勇猛に、蛇を食す者は怜悧になる。そして、全てを同時に食す者は王になる――と。
「ただの例え話だと思ってたけどさ、違ってたんだよ。“同時に食べる”って所が重要だったんだ」
「……それが?肉を混ぜあわせるってことだろう?」
ハペリナがもどかしそうに先を促す。
「コカトリスは鶏は鶏、蛇は蛇って分かれているけど、キマイラにはその区別が無い。おかしいと思わない?」
コカトリスなど、他の多個体同体の魔物はその部位ごとに味が異なる。
だが、キマイラの肉は当たり外れの違いはあれど、誰もがキマイラの肉と思う。
単一の肉の味がするのは、ヒポグリフなど複数の生物の形質が混ざった魔物の特徴だ。
「む……」
ガテイユは箸を止めた。今まで何千、何万のキマイラを捌いてきたが、言われてみれば不思議に思うことはなかった。
子供の頃からキマイラ肉として食べてきたのだ。彼の知る限り、誰一人としてそこに疑問を抱いた者はいない。
リヨリは、不敵に微笑んだ。