クジ肉
「おや、吉仲さん、ヤツキをご存知で?……ああ、そういえばあの娘はヤツキの子でしたな」
ガテイユは少しだけ驚くが、すぐに合点し言葉を続ける。
「キマイラの肉のクセってヤツは本当に厄介でしてね。ダンジョンで肉を解体する時から細心の注意を払っていてもどうしようもない獣臭さが出ることもあれば、市場から買ってきた肉を、特別なことをせずただ使っても風味豊かな味わいのこともある。……同じ個体にうまい部位とまずい部位が混在するなんてこともあるんです」
全員の視線が、二つのブロック肉を持ち上げ、重さを比べるリヨリに集まった。
「風味豊かなうまい肉と、臭くて食えたもんじゃない肉のわかりやすい違いは何も無い。規則性も何も分からないんです。だから当たり外れ、クジ肉なんて言われる。……本当に料理人泣かせですよ」
ガテイユはため息をついた。市場に流通するほとんどのキマイラ肉は外れの臭みの強い肉だ。
それでも、稀少なうまいキマイラ肉の需要は高いのだ。クジと言われると試したくなる人種も少なくない。
料理人はクジと割り切り料理を提供するか、それでも美食に近づけようと手間を掛けるかのどちらかになるが、ガテイユ、そして彼の店は後者に属している。高級店の誇りに賭けてまずい物を出すわけにはいかない。
そして、若い頃からキマイラ肉には手を焼いてきたのだ。
「今、ハペリナ選手がミンチを終えた!素晴らしい早技だ!」
ハペリナが棒を置き、ミンチにした最後の肉をボウルにいれる。それと同時進行でフライパンに香草と調味料を入れ、ソースを作り始めた。
その身のこなしは速く、軽やかで、それでいて丁寧だ。
作業の際にピタリと動きを止め、すぐに次の動きに入るため、作業をするハペリナが分身しているようにも見える。
動きの鋭敏さはショートフォークの天分あってのものだが、天分を支える技術も段違いだ。その高速の調理技術を求め、多くの若者が彼女に弟子入りを志願する。
「嬢ちゃん……悠長に食材を選んでいるようだけど、そんなんじゃ調理時間が終わっちまうよ?」
丸めた挽肉が、ハペリナの小さな手の中で素早く転がされて空気が抜かれる。
小さな手で丸めたハンバーグは、吉仲にはかなり小さく見える。ハンバーグというよりミートボールサイズだ。
リヨリが塊肉を選び、立ち上がった。
「おっとリヨリ選手!ようやく肉を選び終えた!香草とスパイスを取り……あれ、食材はもう終わりですか?」
リヨリはゆったりと調理台へ戻り、キマイラ肉をやや厚めにスライスする。その過程で、スライスごとに小指の先ほどの欠片を削り、次々と口に入れていく。
少しの思案の後、大きな鍋に肉を少しずつ入れ、スパイスと共にスライスを焼きはじめた。
隣の竈では湯を沸かすようだ。大鍋の中の肉は、綺麗に五等分されている。
「……今の動きはなんだ?キマイラは生で食べて平気なのか?」
「さあ……さっぱり分かりませんや。あの小ささなら生食しても大丈夫かとは思いますがね……」
ガテイユは口をへの字に曲げる。リヨリの動きは見当もつかなかった。
マルチェリテがリヨリとハペリナを見比べる。
「ハペリナさんは小さなハンバーグですね、キマイラの肉を食べるならベストな調理法の一つです。リヨリさんは……どうなんでしょうね。まさかあのスライスをそのまま使うわけじゃないでしょうし……でも、間に合うんでしょうか?」
時間は、半分に近づいた所だった。