キマイラ肉の目利き
「リヨリ……なんか雰囲気変わってないか?」
<そうねぇ、今日はやけに落ち着いているというかぁ……>
「一昨日会った時は動転している様子でしたけどね」
二人は食材置き場に走り、使う食材を集めていく。
アリーナの一角に作られたスペースに肉や野菜、魚といった都中から集められた種々の食材。あらゆる調味料やスパイスが所狭しとひしめきあっている。
キマイラ肉も部位ごとにばらされたブロック、それより大きな枝肉、皮と内臓だけ抜かれて頭は残っている物など、様々な種類が並んでいた。
それらは蔵と同じ冷却魔法式で、大会中、鮮度が保たれているのだ。
ハペリナは持ち前の身軽さを生かし、野菜や香草、複数のキマイラ肉のブロックを次から次へと食材カゴへ放り込んでいく。
「おっとハペリナ選手、速くも飛ばしている!しかし、大丈夫なのか!?あまりにも無造作に放り込んでいないか!?」
「いや……素晴らしい目利きだ」
ハペリナの動きを見て絶叫する司会に、ビジョンズとカゴを見比べるガテイユが話しかける。
「粒ぞろいの食材の中でも特に最高の物を選んでいる。一瞬の判断力と身のこなしが優れているんだ。さすがはショートフォークと言うべきだな」
ハペリナは食材カゴを一瞬で確認すると、兎のような俊敏さで調理台に戻る。
すぐにキマイラ肉をスライスし、両手に握った短い棒で高速で叩き始めた。挽肉を作るようだ。
ブロックを叩き、叩き終えるとボウルに入れて、次のブロック肉を叩き始める。
「なんと!我々素人には無造作に放り込んでいるように見えていて、実は最高の食材を集めていたハペリナ選手!これまた素早い動きで調理開始だ!……一方のリヨリ選手は……あれ?まだキマイラ肉を眺めている?」
ビジョンズに、真剣な表情でキマイラ肉を眺めるリヨリが映る。
ブロック肉を持ち上げ裏から見上げ、そうかと思うと隣の塊と見比べ、一つ一つの肉をためつすがめつ吟味している。
しかし、見た目にそこまでの差が無いのは誰の目にも明らかだ。
<ちょっとちょっとぉ!リヨちゃんどうしちゃったのぉ?>
「……目利きしてるのか?……なあ、ガテイユさん。キマイラの肉ってクセがあってまずかったり、クセが薄くて良い風味がしたりするけどさ、あの当たり外れは一体なんなんだ?ハペリナは最高の肉を取ったのか?」
吉仲がマルチェリテ越しにガテイユに尋ねる。ガテイユは微妙な笑みを浮かべて、顎をかいた。
「……キマイラの当たり外れですか……それがですね、お恥ずかしがなら分からないんです。ハペリナの食材が最高というのも、キマイラ以外の話なんですよ」
白髪の老料理人は、怒られたことを白状する子供のように恥ずかしげに言葉を切った。
「分からない?貴方のようなベテラン料理人でも?」
シイダが反対側から声を掛けてきた。ガテイユが頷く。
「ええ。私だけじゃありません、都の料理人で知ってる者は誰一人としていませんよ。……昔、食の革命児なんて呼ばれていた男もいましたが、そいつもなんとなくしか分からないと言ってましたな」
「ヤツキにもか……」
吉仲が思わず呟き、リヨリを見た。リヨリは、バラ肉の匂いを嗅いでいた。