夜食の時間
その日の深夜、グリル・アシェヤの扉が開いた。
腕を吊り全身に包帯を巻いた巨漢と、頬と手に湿布を貼り疲労困憊の魔術師を伴って、リヨリがバツが悪そうに入ってくる。
「おかえり、リヨリちゃん。大丈夫だった?」
サリコルがリヨリの姿を認めて微笑みかけた。サリコルは一人でリヨリを待っていたのだ。
「ただいま……へへ、まあね」
サリコルの微笑みに、リヨリが微妙な顔で返す。
崩壊寸前ギリギリのラインではあったが、乙女の尊厳は守られた。
魔力抜きのお陰で痛みと熱は驚くほど急激に治まった。しかし、吐き気と胃腸の動きは治らずそのままトイレに駆け込み、しばらく便器にかじりつく羽目になったのだ。
今はダンジョンに入る前とまったく変わらない、健康そのものになっている。
「そちらは?ダンジョンクローラーの方みたいだけど……」
「こっちがニーリで、こっちがゾート。今日手伝ってくれた冒険者だよ!」
リヨリが二人を招き入れると、二人は挨拶しつつ店に入った。
「遅くまで付き合ってくれたからさ、せめてお礼に料理をご馳走してあげようかと……良いかな?サリコルさん」
サリコルは微笑んだまま、三人分のお茶をいれる。
「シエナはもう寝てるから、なるべく静かにね」
店は休みだが、個人的に招待するのは止められていない。
リヨリが料理をしている間、三人の話題はもっぱらリヨリだった。
サリコルもリヨリのお転婆は知っていたが、ドラコキマイラに向かっていったという話に目を丸くする。
「危ないことしちゃダメって叱らないと……」
「やーでも、そのお陰でこれだけで済んでる所もありますし」
ゾートが頭を掻き腕を見せる、ニーリは頷きつつお茶を飲んだ。同時にリヨリが両手に鍋を持ち、厨房から戻って来る。
「……お待たせ!なんの話?」
「誰かさんの無茶の話だよ。ダンジョンクローラーの面目丸潰れって感じのね」
ニーリがいたずらっぽく微笑む。リヨリは、初めて彼女の笑顔を見た。
「う、えへへ……お手柔らかに」
「それより随分いい匂いだな。もうすっかり腹ペコなんだ。待たされた分、期待しても良いんだよな?」
サリコルが置いた鍋敷の上に鍋を乗せ、リヨリは蓋を開けた。
えも言われぬ香ばしい香りが、焦げ茶色のシチューから漂ってくる。
「へへ、ご期待に添えれば良いけど。……キマイラのシチューだよ。召し上がれ!」
「キマイラ?……この匂いは……」
ゾートとニーリが、一口食べ、驚愕に目を見開く。二人の口元がほころんだ。
リヨリが、小さくガッツポーズをする。