乾燥スライム
スライムは一口サイズにまな板の上に並んだ。そのまま、包丁で削ぎ切りにしていく。
リヨリはジッとトーマの手際を見つめている。イサの元で修行を積んだというだけのことはあり、包丁の手さばきが堂に入っていた。
「干しスライムはその状態で乾燥させて、保存が効くようにした伝統食材です。湿地が凍結し雪に覆われる冬はスライムを捕獲することすら難しくなるので、その前に大量に作っておくのです」
別の鍋に紙包みから取り出した白い粉と水を混ぜ、その中に包丁で削ぎ切りにしたスライムを漬ける。
「これは塩水に極微量の石灰を混ぜた水です。スライムの外側の細胞を殺し、粘液を取り除きます。群体は粘液で繋がるため、くっつける効果を無効化できます。……もちろん、勝負の時には分けるのでご安心を」
最後に、石灰塩水から取り出したスライムの水をよく切り、皿に並べていく。
「スライムの刺し身です。そのままで大丈夫です、お召し上がりください」
見た目は水信玄餅を輪切りにした雰囲気だ。
スライムで屈折しつつ、皿が透けて見えるのも美しい。
最初にリヨリが、残りが吉仲と老人達が食べる。弾力があり箸でもしっかりと持ち上げることができた。
「ええ!これがスライム!?」
スライムが入ったままの口を手で抑え、リヨリが叫ぶ。老人達も同じように声にならない驚きの声、喜びの声をあげた。
口に入れた印象としては、刺身こんにゃくが近かった。
もっちりとして歯ごたえがあり、食感がとても楽しい。ただ、見た目から想像するような水っぽさはほとんどなく、ごく薄く酢のような酸味が感じられる。塩水に漬けたからだろう、塩気が効いていてとてもうまい。
「ふつうスライムってもっとドロドロしてて、味気ないもんじゃないのかい?」
チーメダも驚きの声をあげた。食通である彼女でも食べたことはないらしい。
「最近都に入ってきた、新しい食材です。干しスライムを作る過程はそのままに、とにかく大量にスライムを継ぎ足しながら乾燥させていくと、乾燥に耐えるためスライムは養分を極限まで摂取しようとし、今まで残していた残り滓まで消化しきって完全にクリアに透き通る。さらに乾燥を続けると、自らの身を守るため極限まで身体を縮めて蒸発を防ごうとする。やがて……」
トーマが目を上げる。全員の視線がカウンターの上の乾燥した水色の物体。乾燥スライムに注がれた。
「スライムのエッセンスとでも言うべき物が凝縮された、小さな塊になります。それを水に戻すと、通常のスライムよりも風味が濃縮し、美味しくなるのです。戻す時の水の質が良いほど夾雑物が減り雑味が無くなる。綺麗なのはここの水が良いからかもしれませんね」
トーマが水を一口飲み、頷いた。
「うん、やはりおいしい。……ただ乾燥させて戻したとはいえスライムです。スライムを大量に食せば同じ味になるかもしれません。もっともその前に満腹になると思いますが」
老人達は感心の声をあげた。リヨリの目が輝き始める。
「すごい……」
「はい。都で最新の食材、乾燥スライムです。恥も外聞も無く、勝たせていただきます。あなたが使ったことの無い食材で」
トーマがリヨリをジッと見据える。リヨリは、力強く頷いた。