帰還
光が三人を取り囲み、ポータルの接続箇所、ダンジョン地下二階の解体場所へ到達した。魔法陣は部屋の隅で、近くには水の流れるホースと水場、作業台がある。
白い革つなぎの作業服を着た解体者が三人、こちらを見ていた。
「……うっ……わっ……ぁぃたたたたたたっ!いたい!いたっ!……うぇっ!ぅぶっ!!」
そこまで確認できたリヨリに、急激に腹痛が起こる。刺すような痛みだ。
魔力酔いにより痛みを感じなくなっていただけで、腹痛自体は来ていたのだ。二階層の薄い魔力で魔力酔いが消え、一気に感覚が蘇ってきた。
食中毒だ。
生肉に付着している細菌が体内で増えるか、毒素を出すことにより、腹痛、発熱、下痢に嘔吐を引き起こす。
リヨリの顔が見る見る真っ青になり、耐えきれずうずくまった。
「……ああ、やっぱり。ゾート」
「しょうがねぇな、飛ばすぞ。吐くなよ!漏らすなよ!」
ゾートがリヨリを軽々とファイヤーマンズキャリーの形で抱え上げ、小走りで部屋から出て行く。
解体場の汚損は、隅から隅まで消毒する必要があり、その間作業が止まることもあって弁償金は目玉が飛び出るほど高い。
リヨリは全身に力を込めて食いしばる。
痛いのはもちろんある、頭も身体も熱病に浮かされたように熱く朦朧としてきた、胃からは酸っぱい物が絶え間なくこみ上げ、腹ではグルグルとキマイラがのたうちまわっているようだ。
弁償金のことは知らなかった。だが、乙女のプライドに賭けて、人の上で吐く、漏らすわけには行かない。
細菌が増殖し、毒素を出していても身体を入り口まで連れていき、急激な魔力抜きをすれば、腹痛は治る。
おそるべき速さで走り去っていくゾートと、手を口に当て必死に動きを止めるリヨリを眺めていたニーリに、解体者が話かけた。
「……お前らか。今日のは随分変な切り方をしていたじゃないか。さっきのお嬢ちゃんが噂の料理人大会の選手か?」
解体者のリーダーが呆れ顔でリヨリとゾートを見送り、ニーリに話しかけた。
同じ服の男が二人、ドラコキマイラを持ち上げて水場に運ぶ。
今日の仕事は内臓を抜き、熟成できる状態にしたら終わりだろう。多少は残業することになりそうだ。
「まあね。……肉の切り方は大丈夫だった?」
「ああ、ナイフの入れ方は解体に慣れた感じだったな。端材に近い部分だから、商品価値は下がらないよ。……それにまさかドラコキマイラまで捕まえてくるなんてな」
特別な依頼やミッションが来るか、ポータルのほとんど無い深層で、運悪くキャンプ中に出くわしでもしない限り、ダンジョンクローラーが夜の魔物と戦うのは稀だ。
夜の魔物の捕獲は危険度が高く、命を賭けるほどの割には合わないことが多い。
「それはあの子のお手柄だよ。私たちもなんの準備もしてなかったしね。下手したら死んでたかも……」
ニーリがリヨリが去って行った方向を見る。リヨリを抱えたゾートはとっくに姿を消していた。