ドラコキマイラの恐怖
膠着した戦局は次第に、ダンジョンクローラー達の不利に傾く。歴戦の勇士でも、夜の魔物と戦うのは分が悪い。
眼鏡の女性の頬を汗が伝う。防御力場のお陰で直撃は免れているとはいえ、熱された空気に暴露され続けた手や頬には火傷を起こしている。
火球を防ぐには防御力場三枚が必要だ。つまり、普段の三倍の速度で消費させられている。そして、リヨリに渡した分を除けば、後六枚。残りは二回しか使えない。
対してこちらからの攻撃は、全て鋼の翼に阻まれている。
火球からの防御に気を取られる分、どうしても攻撃は単調になってしまっていた。
魔法攻撃しか使わない魔物が相手なら、場の魔力切れを狙う持久戦も有効だが、そうなってもドラコキマイラは攻撃を緩めないだろう。
翼の防御は魔力が切れても関係なく、遠距離を無視して全ての頭で大男を狙うに違いない。持久戦は、こちらにも不利に働く。
獅子と蛇を同時にいなせていた大男も、変幻自在の近接攻撃のパターンを持つドラコキマイラの動きにじりじりと着いていけなくなっている。
蛇を斧でいなした腕に、獅子の牙が食い込んだ。
男は短い叫びを上げつつ、石突きで噛み付いてきた獅子の頭を打つ。その衝撃で蛇のニ撃目からは逃れることができた。
獅子に噛まれたとしても、毒蛇にだけは咬まれるわけにはいかない。
龍の頭が、大男の方を向く。
「……防御力場三枚で、火球は一発」
「え?……あっ!ちょっと!」
リヨリが走り出した。
一瞬の虚を突かれた眼鏡の女性は止めることができず、腕を伸ばした姿勢のまま固まる。
体勢を崩したままの大男に龍が口を開く、その時、山羊がリヨリの存在に気付いた。
龍は山羊の気配を察したのか、リヨリの方を向き、火球を放った。
リヨリは防御力場を展開し火球をガードする。さっきよりも熱源に近いはずだが、不思議と熱気は感じられない。
「馬鹿来るなっ!」
大男は叫び、斧を振り回す。龍は息を吸い込み、再び火球を作り出す。リヨリの位置は、まだ遠い。
「いいから!右から突っ込んで!」
リヨリは後ろからの叫びにあわせ、素早く壁際に駆け寄る。魔力酔いのお陰か、身体は軽い。
それと同時に、眼鏡の女性は、手持ちの、ありったけの魔法弾を発動させた。
圧空穿だけではない、火球も氷塊も雷撃も光弾も。魔法式は順次発動し、五月雨式にドラコキマイラに襲い掛かる。
眼鏡の女性には好機が見えていた。
狙い通り、山羊が襲い来る魔法弾に気付き両の翼を振り下ろすタイミングと、龍の頭が火球を吐き出すタイミングが重なる。
龍の翼に、ドラコキマイラが覆われた。
同時に鈍い音が響き、衝撃波が全員の体を打つ。鋼の翼の中で、火球が破裂したのだ。
魔法弾を翼に受け、ドラコキマイラの身体が大きく揺れる。火への耐性は高いが、翼で籠った爆発の衝撃が直撃したのだ。
外へ漏れ出すほどのその衝撃は、四つの頭の動きを止めるには充分だった。
「今だよ!」
「オオオオオッ!」
大男は雄叫びを上げ、獅子に噛まれた血塗れの腕で斧を支え、全身のバネを使って振りかぶった。
体勢を崩した獅子の首を撥ね、斧を一回転させ山羊の頭を叩き潰し、噛みつかんと大口を開ける龍の喉元に石突を突き立て、力を込める。
最後に残った蛇が、大男に襲い掛かる。
大男は噛まれる覚悟を決め、歯を食いしばり腕を差し出した。
猛毒を持つ蛇の頭でも、龍の火球に焼かれるよりはマシだ。最悪、腕を切り落とせば良い。
龍の首を沈黙させるのが先決だ。蛇が、腕目掛けて飛びかかってくる。
だが、毒蛇の牙は大男の手の直前で止まった。
「!?」
ゆったりと、蛇の頭が崩れ落ちる。リヨリが後ろに回り込み、蛇の身体を切り裂いたのだ。
「はぁ……間に合った……」
リヨリは、そのままへたり込んだ。