キマイラを求めて
翌朝、リヨリはダンジョンの入り口にいた。
ダンジョンクローラーの男女、予選で誘導していた筋骨隆々の大男と、背の低い眼鏡の女性に護衛の依頼をしている所だ。
「王宮直々のミッションだし、仕事を断ることは無いけどよ。キマイラだけを狙って獲れるかは保証できないぜ?」
「キマイラだけを複数頭ね……熟成がいるから、獲れたてなら美味しいなんてこともないよ?キマイラ肉の当たり外れを直接引くにしても、明後日の大会まで熟成させる暇もないでしょ?」
リヨリの依頼に、二人とも乗り気ではなかった。危険を冒してダンジョンに挑むのだ、適当な理由では潜りたくはない。
「うん、それで大丈夫だよ。お願い!試してみたいことがあるんだ!」
だが、リヨリにはただ複数のキマイラを食べ比べる以上の目的があった。
吉仲達が帰った後、ハンバーグを試してみた。挽肉にして混ぜるだけで、同じ肉でもクセが軽減された感じがする。
午後からは市場に行き、さらに別の、いくつかのキマイラ肉を試してみた。
香草や酒、煮込む時間を確保できればシチューの方が良いかもしれない。だが、時間を掛けない場合はハンバーグが一番安定した味だった。
ただそれでも、美食と呼ぶにはまだまだ何かが足りない。臭みが軽減された、普通のハンバーグに過ぎなかった。
その時、リヨリに閃いたことがあったのだ。そのためには、ブロック肉ではない状態のキマイラが必要だった。
あまりにもリヨリが真剣に頼み込むので、二人は根負けする。
「……たく、しょうがねぇな。依頼を受けるぜ。 ついて来な」
大男は斧を持ち、眼鏡の女性は魔法式の描かれた紙の何枚かをリヨリに渡した。
極めて短時間だが防御力場を張る効果があると言う。
さらに、リヨリは前回と同じ形のナイフを借りた。護身用と、ダンジョン内でキマイラをさばくためだ。
二人の後に着いて、再びダンジョンに入る。
平常営業している一階層は、予選の時と打って変わって人で賑わっていた。一階層はダンジョンの博物館となっているのだ。
ダンジョンで子供達が駆け回り、ガイドが老人達を引率している様子は不思議な光景だった。
「ああ、そっちじゃないよ」
眼鏡の女性が二階層への階段に向かおうとするリヨリを呼び止め、入り口のすぐ横にある、関係者以外立ち入り禁止の扉に引き入れる。
その小部屋はいくつかの魔法式が描かれていた。三分の二は黒く、残りは赤い。
女性の説明によると、ここが入り口らしい。
予選の時は事故を防ぐため階段を通らせたが、ダンジョンクローラーの普段の業務では一階層や二階層は通らず、ポータルで直接三階層以降へ跳ぶ。
黒い魔法式が浅層で、赤い魔法式は深層へ跳ぶ物だ。
二人に囲まれて、リヨリが黒い魔法式の上に立つ。
キマイラがいるのは七階層からで、そこは深層ではないが生きるか死ぬか、安全の保証はされないエリアだ。
女性が踵を打ち鳴らす。
村のポータルとは違う色だったが、基本の挙動は同じだった。
光の柱が魔法式から伸び、次に視界が開けた時にはダンジョンの只中だ。
それまでの白亜の迷宮と打って変わり、古代の遺跡がそのまま残ったような、朽ち果てた廊下が広がっている。
六階層まではダンジョンは整備されているが、七階層以降は危険な魔物が多く、工事ができないらしい。
それまでのダンジョンにあった、位置を示す地図や緊急脱出用のポータルの数も目に見えて減っている。
ダンジョンを歩くだけで、じっとりと重たい雰囲気に取り囲まれている気がする。身体が危険を感じている証拠だ。
だが、リヨリにとってはこの方がダンジョンらしく感じられる。慣れた空気だった。
遺跡の迷宮をしばらく歩き、先頭の大男が歩を止めた。
「嬢ちゃん、運が良いな。さっそくお出ましだぜ」
「下がってて」
獅子と山羊の頭が吠える。キマイラが、こちらを威嚇している。