肉の臭み
肉食獣の肉はまずいため食卓に上がらないとよく言われるが、実際には単純に家畜化が難しく、都市の膨大な人数の需要を満たせるほどの供給ができないだけだ。
飼育者に危害が加わる心配だけでなく、肉食動物一頭を飼育するには、その何十倍、何百倍もの草食動物の肉が必要となる。
雑食であれば多少は飼料を軽減できるが、それなら最初から草食動物を飼育し食用にする方が経済的だ。
魔物も家畜化はできないが、放っておいてもダンジョン内で多く繁殖し、普通の動物より生育が早い。
また、そのため肉は市場に流通させても余りあり、商業ベースの食用肉として適している。
それは、キマイラが多個体同体の代名詞だった遥か昔の時代から変わっていない。
リヨリはキマイラの肉を細かく刻み、噛み切れるよう隠し包丁も入れ、小さい肉片にして香草と共に炒める。
大きい肉塊の臭みを消すには大量のハーブや酒、そして漬け込む時間が必要になるが、サイズを小さくすればその全てを減らすことができる。
「……う~ん、サイズ的には使い過ぎなくらいなんだけど……」
獣臭さはかなり軽減された。しかし、それでも何かが鼻をつく感じがする。
魔物はほとんどが肉食だが、肉として見れば草食動物と大差はない。もちろん個々のクセはあるが、せいぜいが牛肉と羊肉程度の違いのものだ。
肉質ごとの正しい手を加えれば、大体の肉は美味い。
しかし、キマイラは今までリヨリが料理してきたどの魔物とも違っていた。とびっきりの獣臭さとクセの強さだ。
「“王の食材”って、王様とかお金持ちは手間暇が掛かる変な食べ物が好きとか、そういう話なのかなぁ……」
「そうねぇ、昔々のお話だからねぇ。そういう面もあるかもだけど……でもキマイラの肉は、人を虜にする何かがあるんじゃないかしら?」
サリコルが昔のグリル・アシェヤを思い出す。
彼女の夫ジェイダーが存命だった頃、キマイラはたまにしか店に出ないが、出ればすぐに売り切れる人気メニューの一つだった。
「そういえばシエナも大好きだったっけ、いっつも美味しい美味しいって食べててね……」
「本当に?」
リヨリがサリコルを見上げた。
一ヶ月の修行の成果で、シエナにご飯を食べてもらえるところまでは来たが、まだ美味しいとは言ってもらえていない。
「ええ、あの人のキマイラ料理は、クセや臭みはほとんど無かったわね。作り方までは聞かなかったけど……」
「う~ん……なんだろ、香草のチョイスが原因なのかなぁ……解体や熟成の段階から手を加える肉なのかなぁ……」
本気で悩み始めるリヨリをイサが満足そうに眺めた後、振り返った。
「せいぜい悩みな。……じゃ、開店まで俺は俺の仕込みをしてくるぜ」
「もうイサ、言い方ってもんがあるだろ」
サリコルが叱る声を背にイサが厨房を出て行く。しかし、集中するリヨリにはどちらの声も聞こえてはいなかった。