キマイラについて
その翌日。リヨリは市場で買ったキマイラ肉と相対していた。
グリル・アシェヤのキッチンで、隣にはサリコルとイサ。火傷はダンジョンクローラー達に治療してもらい、包帯を巻いてはいるが軽傷だった。
黒みがかった肉を前に、腕を組んで首をひねる。
「うーん、キマイラかぁ……はじめて料理するなぁ。ねぇサリコルさん、どういう料理が良いのかな?」
思い出すように、サリコルの視線が宙をさまよった。
「そうねー、キマイラはシチューが一般的かしら?ちょっとクセが強いのよね。香草と一緒に煮込まないと食べられないって人が多いわね」
サリコルもシエナと予選を見に来ていた。
彼女の提案で予選終了後、キマイラ肉のブロックを買って帰ったのだ。
「なるほど……じゃあまずは……」
リヨリがキマイラの肉を捌き、料理を始める。
――キマイラ。
獅子と山羊の頭が山羊の胴体から生え、さらに尻尾が蛇となっている三位一体の魔物だ。
多個体同体という言葉が生まれる以前は、コカトリスのように複数種の獣がくっついた魔物は、全てキマイラ種と呼ばれていた。
もっとも、同じような身体の作りだから、おそらくは親戚だろうという乱暴な理論ではあったが。
ただそれは、それほどに古い時代から生き、人々に知られている魔物種であることの裏返しでもある。
魔物の進化の系統樹という概念がぼんやりと認知されてきた現代では、キマイラとコカトリスは、ヒポグリフとグリフォンほど近縁ではないことが定説となっている。
また、ダンジョンではよく見られるが、獅子の頭は強力な炎を吐くため、捕獲にはある程度の高い技量を求められる。
共生する微生物の作用で、体内で可燃性のガスを産出できる。それを勢いよく吐き出すと共に歯のエナメル質を打ち鳴らすことで着火するのだ。
頭が二つあることで、炎の息を吐いている間もヤギの頭で呼吸が行える。そのため長く息を吐き出すことができ、熱の息で自らが火傷を負うことはない。
ドラゴンなど魔力由来のファイアブレスを使う魔物は多いが、キマイラの炎の息は珍しく、ほとんど生体由来の物だ。
もっとも、腹中のガスが最大まで溜まっていたとしても炎の息は長くは持続せず、全ての火を吐き出させてから狩るのが主流になっている。
鉛の棒を口に突っ込み、炎の息で溶かして喉を塞ぎ殺したという英雄譚もあるが、炎の息の持続時間は鉛をドロドロに溶かすまで持たないことが知られている。
焼けつく炎の息に当たるか、不用意に吸い込んだ生物の動きを止めるには十分な威力を持つが、焼き殺すほどではない。
コカトリスやキラートマトからステップアップした王都のダンジョンクローラーは、キマイラが目標となるため現代では流通数も多い。
総じて、中堅の魔物の代表格と言える。
リヨリが鍋をかきまぜ終え、仕上げにパセリを散らす。
キマイラのシチューが完成した。黒みがかった肉はますます黒ずみ、お世辞には美味しそうには見えない。
スプーンに肉をすくい、一口食べる。
「……ん……うん。うーん……なんだろ……たしかにクセ強いね」
獣臭さが鼻につく、野性味とポジテイブに捉えるのも難しいほど強烈だ。知らずに食べれば腐ってると思ったかもしれない。
そのうえ、煮込んだゴムかと思うほどに硬く、噛みきるのにも難渋する。噛むたびに獣臭さが口の中に溢れて、かなりきつい味だった。
試しにシエナにも食べてもらおうかとも思っていたが、その考えはすぐに撤回された。
「……司会の人は、食通達が夢にまで見た“王の食材”って言ってたけどさ。本当なの?」
「ああそうさ。王様でもなきゃ、シチュー一食にこの臭みを消すほど大量の酒やハーブは使えないし、柔らかくするためとろ火で三日三晩煮込むなんて真似もできないからな」
なんとか飲み込み、怪訝な顔をするリヨリに、イサがからかうようにニヤニヤと笑う。
「……ええ……そういうことなの?」
リヨリは、困惑した。