ベレリとシイダ、そしてガテイユ
吉仲は、話が飲み込めなかった。
「仕込み?」
シイダが頷き、言葉を継ぐ。
「今いる食通の地位を失墜させて、自分達の息がかかった食通を料理人が操る。そうすれば自分たちに有利な評判をいくらでも広められるものね。……そして、そのための生贄が彼らってわけ」
「……なんだよそれ、マンドラゴラを当てられなかったのは自分たちじゃないか」
イサの狙いは分からないが、間違えた食材を言い出したのは間違いなくあの貴族の三人だ。
他の人間達もそれに乗っかって間違えている。吉仲は、自分が正しいと思った答えを言っただけだ。
それをイカサマのように言い出すのは筋違いだと思う、吉仲は腹が立った。
ベレリが皮肉っぽく笑う。
「人間なんてそんなものだ。突如として、鮮烈に現れた人間には心から心酔するか、嫉妬して叩き潰そうとするかしかない。……小僧も俺と同じく叩かれる方のようだな」
「俺と同じくって?」
ベレリはため息をついた。
「なんだお前、ベレリ商会を知らんのか……まあいい、俺も同じように思っていたしな」
ベレリは今や押しも押されもせぬ大商人だが、若い時は無一文だった。
裸一貫で事業を始め、輸送中に破損した交易船の貨物を格安で買い、それを都から離れた村や町に売り捌いたことで財を成したのだ。
そのサクセスストーリーは都でも有名だ。
シイダが微笑む。
彼女は生まれながらの貴族だが、貴族特有の尊大さは無い。
富裕層を対象とした高級レストランとはいえ、自らも店舗を経営し民と接する機会が多いためだ。もっとも、パーティと派手なものが大好きな性格のため誤解されることは多い。
「名だたる食通を差し置いて、誰も知らない子が料理の食材を当てたら、まあイカサマを疑うわよね」
「だがお前の舌は本物のようだな。その場で作られた料理で、料理の秘密を見抜くのは並大抵ではない。……小僧、気をつけろよ」
「俺、吉仲って名前なんだけど……」
ベレリもシイダも、心のどこかでやらせを疑っていた。だが、今日その舌が本物だと分かった。吉仲を心から認めたのだ。
「ハハハ、これは失礼した。吉仲、次からの料理勝負も楽しみにしてるぞ」
「それじゃあまたね、吉仲さん♡」
シイダが、ついでベレリが立ち上がり出て行く。
腕を組み黙って聞いていたガテイユも立ち上がる。
「……私は、あの場でマンドラゴラと言い出すことができなくてね。あなたの度胸に感服したんです。……都の料理人にも少しは顔も利く。吉仲さん、何か困ったことがあれば相談してください」
「え?ああ、ありがとう……」
それでは、と言い残しガテイユも去っていった。
吉仲はまた何か、面倒なことに巻き込まれそうな嫌な予感がした。