予選、後始末
フェルシェイルがリヨリに話しかけたころ、観客達はすぐに立ち上がり、出口に殺到していた。
「みんな、随分動きが早いな……」
吉仲が観客席の動きを見て呟く。
<試食で余った料理を抽選で食べられるイベントがあるんですってぇ。外には出店もあるし、私も行ってこようかしらぁ。お腹空いたわぁ……>
「あー。なるほど」
観客達は美味しそうな料理の見た目と匂いだけで何も食べられなかった。そのうえ美味しそうに食べる姿は見せつけられていたのだ。
時間は午後三時を過ぎた頃だったが、観客達の空腹は限界となっていた。
同じ料理を食べられるかもしれないとあれば、急ぐのも人情だった。吉仲は自分の腹をさする。
「俺は満腹だよ……」
<もう、後で覚えていなさいよぉ。魔女の恨みは恐ろしいわよぉ……>
ナーサが出口に向かったのだろう。恨み言を言うナーサの声が徐々に遠ざかり消えて行った。
耳元で響く恐ろしげな余韻はちょっとしたホラーだった。
マルチェリテがクスクスと笑う。
「……次は三日後か、結構長い戦いになりそうだな」
吉仲が大きく伸びをして呟いた。
「そうですね。その間に料理の下準備や工夫を見つけて、高いレベルの料理を目指すんですね」
マルチェリテの声を聞きつつ、スタッフが片付けを始めた会場を眺める。最後まで残っていたリヨリとフェルシェイルが二人で出て行った。
料理人達が魔物を捕らえ、捌き、料理した後の調理台は、嵐が通り過ぎたように散らかり放題だ。
先着順の時間勝負であること、イベントで一回限りのため、綺麗に使おうとする者はいない。
人気店のかきいれ時の厨房はまさしく戦場だが、それ以上の有様だった。
「……次からは、俺たちが審査するんだもんなぁ」
「はい!今日みたいな美味しい物が食べられるなんて、楽しみです!」
「はは……そうだな……」
ワクワクしているマルチェリテの手前言えなかったが、吉仲はすでに気が重い。
どちらの料理も美味ければ美味いほど、誰もが納得の行く結論を出すのは難しい。
「……小僧、美食王の舌を持つというのもあながち嘘じゃないらしいな」
不機嫌そうな商人、ベレリが吉仲に話しかけた。
吉仲が隣を見る。
タキシードを身に纏った太った小男は口元を引きつらせたような笑みを浮かべている。皮肉っぽい笑みだが、瞳には満足そうな色が浮かんでいた。
「ん?……えーと、ベレリさん?どういうことだ?」
「ああ。晩餐会の時はまぐれかと思ったが、今日もお前の視点だけ頭抜けていた」
「そうねぇ。テツヤの鶏刺し、ハペリナの焼き魚、リヨリやフェルシェイルの包み焼きの秘密を見抜いた舌は、まぐれや仕込みじゃないわね」
その奥の派手な貴族、シイダも話に入ってくる。ベレリが頷いた。
「俺はな、お前に感謝しているんだ。お前がマンドラゴラと言い出さなければ、俺はフォレストドラゴンだと言っていたろうからな」
「なんだよそれ」
吉仲は吹き出すと、ベレリも笑い出した。
「食通と呼ばれていても、あんな問題、普通は分かる訳がないのさ。あの場を切り抜けるのには追従かと思ったが、何か嫌な予感がしたんだ」
「そういうことね、今までのマンドラゴラの味と全然違っていたもの。龍根もちょっと違う気はしてたけど」
「……つまり、俺がマンドラゴラだって言い出したから、アンタ達は恥をかかずに済んだってことか?」
ベレリとシイダが微妙な微笑みと共に頷いた。あの場にいた貴族で面目を保ったのは、黙っていたシイダのみだ。
「そういうことだ、ついでにこの場にもいなかったろうな。あの王が戯れや酔狂でお前のような小僧を呼ぶわけがないとは思っていたが……お前に賭けて正解だったぞ」
「……そいつはどうも」
吉仲は引っかかる物を感じつつ、ベレリの話を促す。
少なくともあの上座の食通達ほど、吉仲を侮蔑しているわけでは無さそうだ。負けず嫌いなのか、単純に不器用なのだろう。
「その礼に教えてやろう。あの場にいた食通共はほとんどみんな、お前がイサ殿の仕込みだと思ってるぞ」