ドライエージング・ストーンカ
料理仮面はゆったりとした仕草で首を振る。
「いいえ、ダンジョンではありませんわ、ただ店から持ってきたわけでもありません。入手経路は、当然秘密です!……使う魔物は、自由なのでしょう?」
最初に司会が言った言葉だ。今回の料理において、食材は魔物としか指定されていない。
司会がスタッフに確認するが、彼女は王宮広場の敷地から出たわけではないらしい。そして、会場にここまで贅沢な肉は存在しない。
「……あ、うむ……たしかに……だが、この料理は……」
「ふふ、あまり長居すると、つい答えてしまいそうですわね。……これにて失礼させていただきますわ。ごきげんよう」
何も言えなくなった審査員を眺め、料理仮面は大袈裟な身振りでお辞儀をして振り返った。
「……これで十二人目の合格者だ!謎の覆面料理人、料理仮面!……かつての料理大会では、宮廷料理人が覆面で出たこともあったというが……彼女は、一体何者なんだぁ!?」
司会の叫びと共に、観客が沸き立った。颯爽と、料理仮面は退場した。
「彼女はいったい何者なんだ?」
<物好きな大金持ちの娘……とかかしらねぇ>
大袈裟な身振りで伝わりにくいが、言葉使いや仕草の端々、そして覆面からも隠しきれない育ちの良さが滲んでいた。
「そうですねぇ。あれほどの食材を用意できるとなると相当な資産家でないと……私も、何の肉かまでは分かりませんでしたが……」
「……あの肉は間違いなく、最上級のドライエージング・ストーンカね」
マルチェリテの呟きに、審査員席のシイダが反応した。
「ドライエージ……何?」
「あら?美食王さんはご存知ない?深層でたまに捕獲されるストーンカを、極限まで乾燥熟成させた食材よ」
ストーンカとは、轟く雷鳴のような声で鳴く牛の魔物だ。
皮膚は青銅のように硬いが、その下に凝縮した強靭な筋肉は熟成させると、しなやかでありつつ柔らかくなり美味い。
ただ角の力が強く戦闘能力も高いため、熟練のダンジョンクローラーでなければ捕まえられない。市場には滅多に出回らない高級食材でもある。
また、乾燥熟成は、肉の熟成法の一つだ。
通常の熟成期間を遥かに越えた期間、特別な方法で肉の表面を乾燥させ、熟成を続ける。
微生物の働きにより、肉の香りと旨味を増し凝縮させる効果があるが、表面の食べられない箇所も、捨てる部分も多くなる。
そして、それと引き換えに最高の美食を手に入れる。最も贅沢な熟成方法だ。
吉仲は、そもそもストーンカが何かも知らなかったが、聞ける雰囲気ではなかった。
「ただでさえ高級なストーンカを、あそこまで完璧に乾燥熟成させて、それを大会の予選で惜しみなく出してくる……確実に言えるのは、ただのお金持ちなんかじゃないわね」
「……となると、貴族だと?そうであれば、あなたには思い当たる節があるのでは?」
ベレリが尋ねるが、シイダは少し空を仰いだ後、首を振る。
吉仲が何かを言おうとする前に、次の料理人が現れた。
トーマと一緒に入ってきた小柄な、子供と同じ程度の背丈しかない女性が審査員席に料理を置く。
「ミサヤ亭ハペリナ、試食しておくれ!」
皿に盛られたのは、魚料理だった。
「焼きボーンフィッシュだよ!さあ食べて!」
「ボーンフィッシュ……だと?」
審査委員長が驚きの声をあげた。