最初の刺客
吉仲が世界に送られてきてから、数日が経った。
リヨリや老人達と話す内に吉仲にも少しずつこの世界の知識を得てきた。
最初はファンタジーRPGや、それに似た漫画で見てきたような印象の世界だった。
魔物がいて、王政が敷かれ、人々は電気やその他テクノロジーを知らず、早く移動するために馬車を使い、動物か水車か風車以上の動力源が無い。大多数の人は牧歌的で平和に暮らし、世界のことをよく知らずに生きている。
ただ都から移住した老婆、チーメダの話を詳しく聞くにつれて、そういった技術や知識はこの田舎での生活には不要だからみんな興味を持たないだけで、都や別の国の知識は吉仲が思った以上に発展しているらしかった。
例えば都では魔物も他の生物と同様に生態がある程度解明され、進化論のような概念があるらしい。イサがマンドラゴラについて語る口調が科学的だったのはそれに起因しているのだろう。
他にも、魔道の力で動く乗り物があり、王政と言っても選挙で選ばれる国民議会の決議を王が無碍にすることはできない。
チーメダは都の生活は刺激的だが、着いていけないこともあると嘆息した。
また、魔王のような国家を超越した圧倒的な侵略者は、遠い時代のおとぎ話として語られてはいる。しかし、平和を享受しているはずの人々は国境や人種や宗教や言論思想を元にした争いを続けている者も多い。
リヨリも父親から世界の様々な話を聞いていたらしい、もっともヤツキが旅してきた時の話は、異国の料理人との勝負や、地方独特の珍味や、魔物の調理法や、魔道の力を利用した調理器具の話ばっかりだったが。
逆に吉仲は自分がいた世界の話をほとんどしなかった、言っても理解されないだろうという思いもありつつ、どう説明した物かも分からなかった。分かりそうな部分だけ抽出して話を合わせて行った結果、山を隔てた隣国から流れてきたということになったらしい。
隣国とは、国家間では緊張状態が続き、互いに良い感情を抱いていないが、市井の、特に国境付近に住む人々は生活のために気軽に往来している状態だ。
大軍が移動できるような街道沿いには関所があり、国境の管理も厳密にされているが、国境監視兵が黙認するようなルート、あるいは現地人しか知らない獣道での往来は自由に行える。
老人達やリヨリの狭い交友関係でのみ生活していることもあったが、知識を得ることで、徐々に吉仲はこの世界に馴染んできたような感覚も生まれていた。
「ごめんください」
ちょうどその時、店に若い男が入ってきた。
こざっぱりとした短髪に、太い眉毛が凛々しいというよりはどこか野暮ったい。吉仲よりも若いがリヨリより年上くらいの、あどけなさを残した若者だった。
「いらっしゃいませ!」
リヨリの声に、レストランの客には似つかわしく無い深々としたお辞儀をした。リヨリの顔に、少し緊張が走る。来たか、吉仲はそう思った。
「要件は、こちらです。そう言えば分かるとイサ師から聞いて参りました」
若者は、折り目正しい動きで手提げの鞄から羊皮紙を取り出す。吉仲にも見覚えがある、例の羊皮紙だ。リヨリは不思議そうな目で若者を見つめる。
「イサ……師?」
「はい、私は師に教えを受けているトーマと申します。一昨日イサ師に呼ばれ、修行の成果を見せてこいとこの店を紹介されました」
盛り上がる老人達を尻目に、リヨリは少し拍子抜けした。トーマの礼儀正しさもあるが、まさか最初の刺客がイサの弟子とは。自分よりは年上だが、イサのような雰囲気も無い。
「……良いよ、やろう。お題はどうするの?マンドラゴラ?」
トーマが、かすかに笑った。頬がわずかに歪んだだけだったが、真面目な顔はその微妙な違いで微笑みに変わる。折り目正しい所作で扉を閉め、リヨリの立つカウンターまで歩く。
「マンドラゴラ料理で師が負けたという話も聞き、どんな手を使っても良い、本気で勝ちに行けと命じられました。驚きましたよ、師から負けた話を聞いたのは初めてです」
手提げの鞄から、白い袋を取り出す。二人分の食材が入っているにしては小さく、そして軽そうだ。
「この二日間、どうすれば伝説の料理人の娘に勝てるだろうかと考えに考え抜きました。師は私とあなたは同じくらいの力量だろうと仰いましたが、私にあなたとフェアに戦えるほどの能力があるとは思えません。何か、秘策が必要でした」
言葉自体は謙虚だが、言葉には絶対に勝つことへの執念と、秘策への自信が含まれている。リヨリは、警戒する。