料理仮面
覆面料理人――自称料理仮面は、白く、キラキラと光を反射する優美な仮面を被り、目と口以外の全てを覆い隠している。
同じく白の高級そうな生地のコックコートで全身が白づくめ、“死神”テツヤと対照的だ。
仮面の中央には青いラメでアクセントが入り、輝く青い瞳とマッチしている。遠目には、まるで目が三つあるようにも見える。
「あのぉ……料理、仮面さん?お名前や所属は非公開なんでしょうか?」
司会がこっそりと尋ねる。しかし、姿を隠しているわけではないため、こっそり尋ねる姿はどこか滑稽だ。
料理仮面は司会からマイクを引ったくった。
「え!?」
「……そう。秘密!全てが秘密!私こそ、謎に包まれた孤高の料理仮面ですわ!……さあ審査員の皆様方!至福の極地へ誘ってさしあげます!お召し上がりになって!」
そして大袈裟な身振りと共に、高らかに宣言する。
覆面とは、正体を隠すための道具だ。だが、彼女は悪びれる様子も、まして恥ずかしがる様子もなく、あまりにも堂々としている。
観客が大いに湧いた、料理人とは思えないほど面白い。
<なんというか……すごい子ねぇ……>
「ああ、すごい勢いだ……」
ナーサの声に、思わず吉仲も呟いた。今までマイクパフォーマンスをした料理人はいない。
「……素敵……かっこいいですね」
「え?」
マルチェリテはウットリと見ていた。どうやら本気でかっこいいと思っているらしい。
「……マ、マルチェ、とりあえず試食しようか」
「あら、そうでしたね。いただきましょう」
熱々の鉄板に乗ったステーキだった。
ナイフを入れると肉汁が溢れる。ミディアムレアの肉から豊潤な肉の香りが漂う。
「……これは、肉だけどコカトリスじゃないな……というか、牛肉?」
「ええ……牛肉みたい、ですね……でも、むぐ、おかしいです。もぐ……ここまで、あぐ……熟成されているなんて……」
マルチェリテはステーキを口いっぱいに頬張りつつ、吉仲に返答する。
肉汁溢れるステーキは、彼女の大好物の一つだ。
それを差し引いたとしても、普段は上品に食事をする彼女にも、衝動を抑えきれない香りと味だった。
「熟成されてるって……」
吉仲はそこまで言いかけ、自分も食べる。マルチェリテの邪魔をしては悪い。
歯が染み入るような柔らかさと、確かな弾力のある歯応え。
噛み締めると温かな肉の旨味が口いっぱいに広がる。イサやテツヤの料理と異なり、完全に熟成されていた。
「……これは!」
思わず声に出してしまった。
ふくよかな肉の風味は、春爛漫の野原のように様々な香りが混ざり合い、得も言われぬ幸福感をもたらす。
そのすぐ後に押し寄せてくる旨味も、同様に一言では言い表せなかった。今まで食べた美味い物が一度に押し寄せるようだった。
ただ、ひたすらに旨い。
死後硬直が終わり、旨味が増しただけとは言えない味だ。
予選審査員長が頷いた。最高の食材に、最高の調理が施されている。それは間違いなかった。
「ううむ、素晴らしい!匿名、料理仮面、合格!」
「当然ですわ!」
料理仮面は自信満々にふんぞり返る。
「……だが、一つ聞きたい。この肉はダンジョンで調達した物なのか?捕獲したてとは到底思えないが……」
ふんぞり返った姿勢のまま、優雅に微笑んだ。