毒の旨味
観客までもが静まりかえり、しんとしたアリーナの中、自分の仕事に集中している料理人達の調理の音のみが響く。料理人のうち何人かは、作業の手を止め審査員席を見る。
テツヤが、静かに言葉を紡いだ。
「――生きている状態で、蛇の牙を捕らえ鶏の首に噛み付かせた。石麻痺の毒はコカトリス体内に流れ込むが、無毒化される。だが、毒が持つ味は分解されつつも鶏の部分に移る」
吉仲が、刺身を見た。
毒に汚染されたという一般的なイメージと異なり、キラキラと陽光を反射する刺身は、新鮮そのものに見える。
「その蛇毒の作用によって、鶏肉とは思えないほどのコクと深みが生まれる。……そう、熟成を経ず刺身にしても余りある旨味がな」
「む、無毒化だと……馬鹿な……大丈夫なのか……」
なおも驚愕に目を見開くべレリが呟いた。無毒化されていようと、毒を盛られたと聞いて落ち着いてはいられない。
テツヤはこともなげに首を振った。
「何も問題はない。……石化ブレスを持つ鶏もまたコカトリス。体内の酵素で石麻痺の成分は完全に分解される。それに大半の蛇毒は、食べた所で無害な物だ」
咬まれることで流し込まれる蛇毒は、血中に入ることで効果を発揮する。石化ブレスも肺から血液中に入るために効果が表れるのだ。
蛇毒そのものは胃液で分解でき、口中に傷や虫歯がある場合を除けば、食べても身体への影響は極端に薄い。
自身の酵素で分解された蛇毒であれば、無害と言っても差し支えがない。そして、その分解された毒は肉に不思議な作用を引き起こす。
「ば、馬鹿な……そんなことが可能とは……」
ガテイユが呟く。
毒を鶏肉に流し込むことで味を良くするなど、都の長い料理史においても考え出した者はいない。彼自身もよく知る、かつての食の革命児ですら、そこまではしなかった。
「毒ですか……たしかに、食べたことは無いですね……」
マルチェリテが一口鶏刺しを頬張る。言われても、毒とは分からない旨味だった。
「……刺身という最もシンプルな調理法でも分かる包丁の技術。そして、食材の毒をも料理に昇華する知見の高さと工夫。文句無しだ……。流れの料理人、通称“死神”テツヤ合格!」
なおも静まる会場の中、予選審査員長が、高らかに宣言した。
一拍の間の後、観客がイサが抜けた時以上の大歓声をあげる。
「な、な、なんということだ!毒すらも食材にするとは!この男は本当に“死神”なのかぁぁ!?……テツヤ!!合格!!」
テツヤは大歓声になんの反応も示さず、門の外に消えた。
「ちっ……野郎。目立つことしやがって……」
イサは面白く無さそうに呟くと、同じように門から出て行く。
イサと“死神”の合格を皮切りに、次々と料理人達が料理を完成させ審査を求めた。
腕効きの料理人達が技術を評価され合格の名乗りを上げていく。
あるいは、焦りや疲労からか料理を詰めきれず、中途半端な物を作り落ちる者も多い。
吉仲は全てを試食したが、やはりイサと“死神”が頭一つ抜けている。
「……匿名希望の料理仮面!判定をお願いしますわ!」
覆面料理人が、料理を置いた。