コカトリスの鶏刺し
リヨリとフェルシェイルがコカトリスを倒した頃、地上のアリーナでは、テツヤが皿を食通と予選審査員に配り終えた所だった。
「なんと!“死神”テツヤが次の審査を求めている!これは誰にも予測ができなかった事態だー!」
誰もがイサや他の料理人達の動きに夢中で、テツヤの動きには気付いていなかった。
調理に掛かる料理人達を尻目に、毛を抜き、皮を処理し終えたばかりのテツヤが審査員の前に料理を置いたのだ。
「コカトリスの鶏刺しだ、試食してもらおう」
コカトリスのもも肉、胸肉、ささみがスライスされ皿に盛られている。
別の小皿には刻まれたネギとにんにく、そして醤油によく似た豆の発酵調味料。
「刺身……」
「ちっ……そう来やがったか……」
吉仲と、イサがほぼ同時に呟く。
ダンジョン由来の細菌は魔力吸引魔法により滅菌され、外気から付着する地上性の雑菌も繁殖するまで間がある。まさしく、今この時のみ食べられる珍味だ。
「同じくコカトリス。……だが鶏の部分のみ、まして刺身など、そこまで美味いはずが……」
ガテイユが一口食べる。
魚の生食文化はカルレラにもあるが、獣と魔物は一般的ではない。どちらもある程度長時間の熟成が必要なためだ。
熟成とはつまり、時間を置いて肉を分解させることだ。
その際に地上性細菌繁殖の危険性があり、衛生上の観点から生食用の肉は市場の流通経路には乗らない。
そのため、ダンジョンクローラーから直接買って自らの手で熟成させなければ食べることはできない。一部の物好きが危険を覚悟で食べる物、という認識だ。
だが、テツヤが出した鳥刺しは、熟成されていない生の肉に過ぎない。
「……いや、これは……イサの料理より美味いぞ!」
ガテイユが、目を見開いた。
「どういうことだ!?たしかに鶏のみだが、コクが段違いだ!!」
「なにぃ!?」
「おっとこれはどういうことだぁ!?熟成を経ていない鶏刺しが、美味いとは!?」
驚くイサ、どよめく観客を尻目に、食通達、そして予選審査員も次々に食べる。
ぷりぷりコリコリとした生の肉特有の食感、そして噛むたびに新鮮な肉の風味が鼻から抜ける。
熟成を経ていない味気ない肉とは、比べ物にならないほどの甘味と旨味が口いっぱいに広がった。
「……う……うまい!」
「ば、馬鹿な!熟成をしていない鶏肉が美味いはずが……!」
食通、そして審査員が食べるのに夢中になっている中、ただ一人、吉仲が顔を上げた。
なるべく“死神”テツヤの目を見ないように尋ねる。
「これは、肉の味だけじゃないな……食べたことのない、不思議な甘味……何かを足したわけでなく、肉の味がそのまま変わったような感じだ。……アンタ、何をしたんだ?」
テツヤは厳かに頷く。
「……食べたことないか、そうかもしれんな」
吉仲は、“死神”という二つ名の意味を直に感じる。
舌の上がゾッとするほどの鋭い旨味と甘味だった。テツヤ本人の凄みと合わさり、寒気がするほどに美味い。
「――蛇毒を、鶏肉に流し込んだのだ」
全員が目を見開く。司会ですら、絶句した。